image

昨年末、ある世界的調査会社が68か国6万6千人を対象にして「今の自分の人生を幸せと思うか」という幸福度のアンケートを行いました。

その結果は興味深く、最も幸福度が高かった国は南米のコロンビアで、フィジー、サウジアラビア、アゼルバイジャン、ベトナムが続きます。上位15カ国のうち、アイスランド、中国、デンマーク以外はいずれも発展途上国。いっぽう日本は28位、アメリカに至っては42位と、先進国の多くは世界平均以下でした。途上国は経済的に貧困でも将来に楽観的で貧富格差も小さいこと、先進国は経済的に豊かでも将来に悲観的で貧富格差も大きいことが、結果につながったようです。

経済的豊かさと幸福度の関係については、今までさまざまな研究が行われました。そこに共通する結論は、衣食住を満たす一定段階までは人々の幸福度に占めるお金の比重が大きいものの、その後は比重が段々と低下していくということです。幸福というのはお金や地位などの外面的な要因に負けないくらい、内面的な要素、特にメンタルが重要になります。なかでも自身の感情とどのように向き合い、どのように制御するかが、その人の幸福度を左右する重要な要素になります。

男性と比べて女性は感受性が豊かなため、良くも悪くも感情の波動が強いと思います。感情というのはなかなかの曲者で、思わぬ喜びや感動をプレゼントしてくれますが、予期せぬタイミングやカタチで不安や苦しみを増殖させたりもします。昨日までやる気満々だったのに、今日になって突然無気力になったりすることは誰しも経験されているのではないでしょうか。そういった数々のネガティブな感情にどう対処するかは、幸せを考える上でとても重要なのです。

私は昔から感情的になることや、感情によって苦しむことが滅多にありません。なぜなら生きているということだけでも、無限なる感謝の気持ちを抱くことができるからです。人間、不幸な経験が多いほど幸福への感度も高まります。振り返れば幼少時から決して幸せな人生ではありませんでしたが、その経験があったからこそ些細なことからでも幸せを見出せるようになりました。

不幸というのは直接的なものなので、放っておいても無理やり感じさせるイジワルなやつです。そして幸福というのは間接的なもので、自ら気づこうとしなければ感じることができないシャイなやつです。人間が悩むというのは、ある意味、贅沢なこと。本当に辛いときは悩む余裕も不幸を感じる余裕すらなかったりします。ただただ必死に生きるのに精一杯ですから。それに比べると、悩むというのは(今悩んでいる方には申し訳ないですが)まだ恵まれている証でもあります。

人生、本当に真剣に悩むに値するものというのはそうないはずです。ときには自分が普段から悩んでいる事柄をリストアップし、精査してみてはいかがでしょう。そうすれば「実は解決を要する問題自体がそもそも存在していなかった」ということに気づけるかもしれません。不安の時代を生きる我々に必要なことは、問題に対する解決能力だけではなく、解決するに値する問題かどうかを見極める能力だったりします。

悩みに対してケチになりましょう。みなさんが悩む間にも大切な命の欠片である時間は流れていきます。悩んで途方にくれるのではなく、行動を起こしていくことで、本当の自分の人生を生きていこうではありませんか。幸福の種は、日常の至るところに落ちています。そこから幸せを見出す努力をすること。それこそが、自分の幸福度を高めるために必要なことではないかと思います。

新刊「ジョンとばななの幸せって何ですか」(光文社・1,000円)
http://amzn.to/1Wakq52

image