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ボクシング史上もっとも偉大で、もっとも成功し、もっとも有名なボクサーであった元世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリ氏が、アリゾナ州の病院で息を引き取りました。享年74。私も子どものころから彼のことが大好きで、その世界観や生き方に大きな影響を受けました。アップル社を創業したスティーブ・ジョブズ氏もそうですが、時代の革命児というのは死の際に改めて圧倒的な存在感を示すものだと感じました。

アリ氏は12歳でボクシングを始め、60年のローマオリンピックで金メダルを獲得。しかし帰国後訪れたレストランで白人から人種差別発言を受け、金メダルを川に投げ入れてしまいます。その後プロ転向したアリ氏は、すぐさま世界ヘビー級チャンピオンに。以後、約20年にわたり伝説的な試合を行ってきました。70年代の世界ボクシング黄金期を築き、通算19回の防衛にも成功。「チョウのように舞い、ハチのように刺す」という有名な言葉にも象徴されるように、ヘビー級と思えないほどのスピーディかつ華麗なスタイルで世界を魅了してきました。通算成績は56勝5敗。うち37勝がKO勝ちという圧倒的なものでした。

ただアリ氏が伝説となったのは、ボクシングだけではありません。リング外で「哲学者」というニックネームがつくほど、その言葉が世界から注目を集めたのです。物議を醸す発言も多かったいっぽうで「リスクを冒す勇気がなければ、人生では何も達成することはできない」などたくさんの人にインスピレーションを与える言葉も残してきたアリ氏。60年代末から吹き始めた黒人公民権運動にも参加し、黒人の地位向上にも貢献してきました。当時のアメリカではまだ黒人に対する差別が激しく、それはアリ氏に対しても例外ではありませんでした。それに対して彼はクレイという自分の本名を「アメリカ人が奴隷に付与した姓である」という理由で捨て、イスラム教に改宗。そして彼は「モハメド・アリ」になりました。

またアリ氏は反戦運動家でもありました。彼が活躍した60年代末のアメリカは、ベトナム戦争の真っ最中。政府は若者に徴兵をかけましたが、アリ氏はこれを拒否します。その際、彼は「ベトコンは私を黒人だということで無視したりはしません。なのに、なぜ私は彼らを殺すための戦争に行かなければならないのでしょうか。自国民である黒人の人権さえも守ることのできないアメリカは、何のために戦争をするのでしょうか」と言い放ちました。これが報道されると、アメリカ全土から脅迫の手紙や抗議の電話が殺到したのです。

この発言の代償は、あまりにも過酷なものでした。選手資格停止はもちろんのこと、チャンピオンタイトルも剥奪。3年5カ月にもわたる試合出場停止処分が下されます。また検察に起訴されたアリ氏は、法廷で5年の実刑判決を言い渡されます。しかし反戦運動に支えられた彼は、3年間に及ぶ法廷闘争を経て、最終的に最高裁で無罪判決を勝ち取ります。そしてボクシング界に復帰した彼は、なんと再びチャンピオンになったのです。そして引退から3年後の84年には、脳の神経が徐々に破壊されるパーキンソン病と診断。亡くなるまでの約30年間、その闘病生活は続きました。

私が何よりも素晴らしいと思うのは、彼が生きていく中で不可避に遭遇する試練を避けることなく、真正面から向き合い、絶対に折れない信念を貫いたところです。リングでは無敵だったアリ氏でしたが、敵はリングの外にいたのです。それにも決して屈しなかった彼は単なるボクサーではなく、時代の不条理さに真っ向から反抗した生粋のアーティストではなかったか、と思うのです。

 

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