歌舞伎俳優・市川海老蔵(38)の妻でがん闘病中のフリーアナウンサー・小林麻央(34)がブログを更新し、ブログ開始のきっかけを明かしました。病気が公になって海老蔵さんが会見を開いた後、同じくがんを患った人から手紙を受け取ったそうです。そこには、こうありました。
《私も癌になり、ずっと治療をしてきたけれど、一度も泣いたことがありませんでした。でも、ご主人の会見をみて初めて、涙を流すことができました。初めて、自分自身の癌を悲しむことができました。まおさん、ありがとう》
これに対し、麻央さんはこう綴っています。
《元気、明るい、幸せ、前向き を伝えることが私にとって理想の 「良いこと」でした。 でも、 そのお手紙を頂いて、 暗いことや 悲しいことでだって、 誰かの心に プラスでつながれる瞬間があるのだと、 知りました。 (中略)だから、 ただ、ただ、私は、 今の自分を生きるだけで、 その生き方に、 良いも悪いもないのだ、と》
私は胸を打たれました。幸せになるための第一歩は「現状の自分を抱きしめる」ことです。つまり自らの命を大事に思うこと。自分に与えられた時間の有限性を自覚できれば、瞬間の大切さがわかってきます。そして自分の命をどう使ったらいいのか、真剣に考えるようになります。一方で、「生きている」ということに無頓着な人間は、当たり前の日常の奇跡性に気づくことができないものです。自分の命を尊重することもできず、人生そのものを粗末にしてしまいます。「もっと生きたい」という願いが叶わない人、多くの人が当たり前に思うことが体験できない人が大勢いるのに。
人が幸せになるための大前提は、「生きている」ことに感謝の気持ちを抱くことです。毎日新しい朝が迎えられることに感謝できる人は、何か不幸なことに見舞われても高い次元で物事を捉えることができます。生まれたことに素直に感謝できる人は、他者の命や存在に対しても感謝の念を抱くことができます。こうした日常への感謝と命への肯定感があれば、些末なことに惑わされることもなくなるはずです。
「自分の人生は不幸である」と思っている以上、人は生きる喜びを感じることはできません。幸せの種は「当たり前の日常」にこそちりばめられていることに気づくべきです。ニュース性のない当たり前の日常に喜びや意味を見いだす。その奇跡性に気づくことができるなら、自分が恵まれていることを実感でき、感謝の念を持つことができ、日常のあらゆる場面で幸せの種を見つけられるようになります。
日差しを感じたら「まぶしい」ではなく「照らしてくれてありがとう」を思う。何気なく出された水の美味しさや、ふと感じた風の爽やかさにまで、感度を上げてみる。雨が降ったら密やかな雨音を楽しみ、雪が降ったら雪景色の美しさに感動する。こうした感受性を育てれば、幸福感に満ちあふれる日々が広がっていくはずです。多くの人々が気づかないだけで、幸せの妖精はいつも耳元でささやきかけているのです。
いいことがあった瞬間だけ、もしくは手遅れになってはじめて幸福を意識するのでなく、当たり前の幸福を知り、感謝する。こうした能力は人間が持つ「幸せに生きるための大きな叡智」ではないでしょうか。麻央さんのブログは「幸せはもたらされるものではなく、自ら気づくものである」ということを我々に教えてくれます。彼女が与えてくれる生きる力や勇気は偉大です。ご回復を心から祈ります。