私は19歳で日本に来るまで「割り勘」という言葉を知りませんでした。理由は簡単で、それまで割り勘をしたことがなかったからです。韓国では先輩など目上の人がいたら、その人が必ず後輩や若い人の分も払います。友達同士でもある日は友達が自分の分を、別の日は自分が友達の分を合わせて払います。そのため、私には割り勘をした覚えがなかったのです。
背後には、次のような考え方があるのではないかと思います。自分が後輩のときは先輩におごってもらい、自分が先輩になったら後輩におごってあげるので長期的に見たらトントンになる。いっぽう友達同士の場合は片方がずっとおごることはなく、前回友達におごってもらったら今回は自分がおごることになるのでこちらもトントン。だから割り勘はしていないけど誰も損した気持ちにはならないというものです。
韓国社会において割り勘は「セコい」という印象になりがちです。メンツがたたないと思ってしまうのです。韓国社会は儒教精神がいまだ根強いのですが、儒教は孔子の論語がそうであるように権威主義的な側面があります。つまり民は王様を、子供は親を、生徒は先生を、女性は男性を仰がなければならないなど、社会の中での上下関係を強調するふしがあります。そのためおごることで自分は相手より上であると示そうとするメンツというメンタリティが、韓国社会では蔓延しているのです。良くも悪くもですが。
韓国社会で割り勘意識がないのには、他にも原因があるように思えます。たとえば韓国では小学校で「韓民族は単一民族である」と教わることもあり、国民間での共同体意識が極めて高い。大陸と面した半島ということもあり、昔から他民族の侵略が絶えませんでした。それもあり「狭い国土に住む我々韓民族は団結し、お互いを助け合わなければ生き残れない」という意識が植え付けられたのだと思います。また戦前から戦後までの長期独裁政権の下、国に対する愛国心や国民同士の連帯感を高めることが政権維持のために必要だったということもあるのでしょう。
さてそんな韓国ですが、なんと「割り勘法案」が施行されるようになったとのことです。正式名称は「不正請託や金品などの授受の禁止に関する法律」。いわゆる接待を規制する法律で、9月28日から施行されました。
公務員とその家族に対する接待を原則禁止するもので、職務権限に関係なく1回100万ウォン(約9万2千円)、会食は3万ウォン(約2千700円)、贈答品5万ウォン(約4千600円)などの受け取り金額制限を設けています。対象は公務員や報道関係者や学校教員など幅広く約400万人にものぼるとされています。韓国の人口が約5千万人ですから、非常に影響力の大きい法案といえます。そのため韓国の高級レストランでは3万ウォン以下のメニュー開発が急速に進んでいるそうです。また法律施行を受けて経済成長率を低く試算し直したとも言われており、韓国社会でいかに接待が蔓延していたのかがうかがえます。
メスを入れたのは、韓国で女性として初めて大法官となった金英蘭さんでした。今回の法律は彼女の発案で作成され、今回の施行に至ったとのこと。彼女の名前を取って「金英蘭法」とも呼ばれています。 意識の深いレベルに刻み込まれた風習のような接待文化は、韓国社会に蔓延るガンのような存在でした。今回の法律の施行をきっかけに韓国社会が透明でクリーンな社会に向かい、接待に向かっていたお父さんが家に帰って夕食の時間を愛する家族とともに過ごすことを願います。