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何者かになりたいなって認められたい欲が凄い。

 

最近の10代20代を見ていて思うことです。先日芸能界から引退を決めたおかもとまりさん(28)も、やはり何者かになりたい欲の塊に見えてなりません。

 

おかもとさんは’10年に女優の広末涼子さん(37)に似ているということでブレーク。美女芸人の先駆け的存在として注目を集めました。しかしブレーク後は爪痕を残すことができず、表舞台から姿を消していきました。

 

今後は自身が代表を務める「(株)minto.」でコンテンツを創造する側になるそうです。第一弾の取り組みとして’17年に「人間力向上コラムサイト minto.」をスタート。「人間力って何?」と筆者はツッコミを入れてしまいましたが、WEBコンテンツ制作やイベント出演などをされているそうです。

 

そんな彼女を見ていると、「何かで自分を確立したい」という強いコンプレックスと承認欲求が漏れている気がするのです。ただこれはネットで誰でも発信できる今の時代において、よくある渇望感なのかもしれません。

 

一般的に「自分探し」といわれる迷いは、決め打ちよりも走りながら探すほうが効率的といわれています。「これが天職だ!」と決めて取り掛かるよりもまずトライ&エラーで選択肢を潰していき、ときに経験や学びを雪だるま式に大きくしていくのが正解ということです。

 

そういう意味でおかもとさんのいろいろやるキャリア選択は正しいはずですが、なぜか応援よりも「まだ迷っているのか…」と落胆している人は多いはず。このギャップはなぜ起きるのでしょう。

 

そこにはチャレンジよりも大切な「継続的な努力」が感じられないからかもしれません。たとえば過去には仕事が激減した理由を「器用でもないし才能もなかった」「(タレントを希望していたのに)芸人というのが辛かった」とテレビで語っています。たしかに辛い部分ではあるのですが、若干うまく立ち回れない自分への言い訳にも聞こえてしまいます。

 

成功するには才能よりも努力し続けることが大事とは常々いわれています。芸人でもタレントでも各種資格を生かすにしても、そのとき決めた選択肢に全力で向き合い続けること。それができないと結局は何をやっても同じような壁に直面し、挫折のパターンを繰り返す。そして永遠に何者にもなれない人生が待っているのです。

 

昨今は、芸能活動を継続しながら起業したりする人も増えています。おかもとさんはそういった二刀流ではなく新事業に集中することを選んだわけです。ただ本当にその集中は、意味のある決断だったのか。今一度考え、真剣に“人間力向上”を考えるときなのかもしれません。

 

一般社会では先日、大学3年生の就職活動が解禁になりました。彼らは自己分析し、迷い、いろんな選択肢を想像しながら、自分は「何者」なのか模索し、進路を決めていきます。おかもとさんをはじめ承認欲求強めの世代が「何者探し」ではなく、自分を見つけられる人生を歩むこと。それを人間力向上中の筆者も祈るばかりです。