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以前にも書きましたが、毎日、息子は水泳教室に通っています。この1月末から中学で水泳の授業がはじまるのですが、泳げない者は参加出来ないらしく、体育の先生から去年、「プライベートレッスンを受けるように」とお達しを受けておりました。私は市内を探し回り、息子に適した水泳クラブを見つけたのです。

放課後、あるいは冬休みの間、彼は水泳教室に通い続けました。もちろん、私も付き添って見守ってきましたよ。涙ぐましいスパルタ教育でした。でも、もし泳げなければ、今季の水泳授業に1人だけ参加出来なくなってしまい、校庭の隅で1人縄跳びをする羽目になるのですから。私は、心を鬼にして引率しました。

しかし、いちばんがんばったのは息子です。広いプールの端っこで、毎日、厳しいスパルタ特訓を受けておりました。ぽっちゃり小太りだった息子の体がぎゅっと引き締まるようになったのはこの水泳のおかげです。私はプールサイドから静かに見守りました。

最初は水に顔をつけるのでさえ出来なかった我が子ですが、厳しい指導と本人のガッツが功を奏し、水に浮かんだ彼の体は少しずつ前に進むようになっていきます。必死に手で水をかき、足で水を蹴り、息子は前に前にと進んでいきます。感動的な眺めでした。

私はプールサイドで、やった、と叫んでいました。息子が25㍍を背泳ぎで完泳した時は思わずガッツポーズをしてしまい、隣にいたマダムに笑われてしまいました。水泳クラブの先生が「彼はもう立派なスイマーです。私が証明書を書いてあげましょう」と言ってくださいました。息子はそれを眺め、嬉しそうに顔を緩めております。

「ねぇ、パパ。人間って、少しずつ自信がつくものなんだね。ぼく、もう泳げる気がするんだよ。試練って乗り越えられるものなんだよ」

私たちはこうやってこの2年を2人きりでがんばってきました。父子家庭になってから、彼は一度も弱音を吐いたことがありません。だから、私もことさら大げさに彼のことを褒めないようにしてきました。もっと苦しい状況で生きている人はごまんといます。だから普通に「がんばったね」と言います。息子は小さく頷くだけ。彼は今後も間違いなく人生の荒波を乗り越えていけるでしょう。私は生きているかぎり、いえ、元気なかぎり、彼に付き添って、世界一のコーチを続けていきたいと思っています。それが親の役目です。

さて、今回のムスコ飯は大人から子供まで楽しめる甘い「そぼろ煮」に挑戦しましょう。

材料4人分:新じゃが、350g。豚ひき肉、200g。水適量、砂糖大さじ2、酒大さじ2、みりん大さじ2、?油大さじ2、ごま油大さじ1、ゆずこしょう少々、生クリーム少々、片栗粉(「とろみちゃん」を使用)大さじ1程度。

まず、新じゃがを皮のついた状態で洗い(たわしなどで)、水をふき取り食べやすいサイズにカット、鍋にごま油をひき中火でじっくりと炒めます。焼き色がついたら、ひき肉をヘラなどでほぐしながら入れ、まず水をコップ半分ほど注ぎ、強火に。煮立ったら、弱火にし、砂糖、みりん、酒を入れます。竹串がすっと刺さるまで煮たったら、さらに水をコップ半分、醤油大さじ2程度を投入、つづいて香りづけにゆずこしょう少々、ほんの少し生クリームを垂らし、全体がなじんでクタクタしてきたら、そこに「とろみちゃん」をふりかけ、とろみが出たら完成。とろみちゃんが便利なのは水で溶かさなくていいから(笑)、よく利用していますよ。

甘くて美味しいそぼろ煮、家族の心を甘くぎゅっと繋いでくれます。

ボナペティ!

エッセイで紹介されたレシピは、
辻仁成 子連れロッカー「希望回復大作戦」ムスコ飯<レシピ>で公開中!

辻仁成/つじ ひとなり

作家。東京都生まれ。’89年「ピアニシモ」ですばる文学賞、’97年「海峡の光」で芥川賞、’99年「白仏」で、仏フェミナ賞・外国小説賞を受賞。映画監督、演出家としても活躍。現在はシングルファザー、パリで息子と2人暮らし。

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