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息子が不在の母親のことを思い出さないということはないでしょう。しかし、思い出したとしても彼は人前で決して母親のことを口にはしません。正直、そのことがいちばん見ていてかわいそうですし、親として辛いです。母と子の間に大きな溝が出来ているのはあきらかです。でも、優しい言葉で息子の心をほぐす努力は出来ても、それをもとに戻すことは不可能でしょう。いちばんの良薬は時間だと思うのです。

一度、私のいとこの家に息子が滞在していたときのこと。いとこは私に顔がそっくりで、年齢も40代の半ば。息子がそれこそ今いちばん心を許している女性です。去年の夏、息子といとこが2人でスーパーに買い物に行ったとき、あまりに彼が幸せだったからでしょう。間違えて私のいとこのことを「ママ」と呼んでしまったのです。次の瞬間、息子は強張り、目に大粒の涙を浮かべたということです。でも、私の前では絶対に泣いたことはありません。

彼の心に出来たトラウマをなんとか取り去ってやりたいと思うのですが、彼の心の軋みや痛みは離婚騒動から2年近くが経つ今も続いています。息子の中で、何か、どうしても許せないものがあり、でも、戻りたいけど戻れない遠い幸福な過去もある。この葛藤の連続の中で、彼は12歳になりました。思春期、反抗期の中にありますが、私の前では、ずっと素直な子を演じ続けています。甘えるものがないのは子供にとって辛いことです。

私はときどき、息子を抱きしめ、よしよし、と幼い子供にするみたいにしてやります。一日も早く、彼の心が雪解けするのを今はみんなで静かに見守るしかないのです。

今年になってから、息子はぐんと身長が伸びました。もう、足のサイズは一緒です。その逞しい成長の中で、ある日、彼は「自分の過去をちょっと整理出来たよ」とフランス語でもらしたのです。私は微笑み、いつものように夕飯の準備をはじめました。

さて、息子のお誕生日会のときに、私が子供たちに作って出し、とっても好評だったウニと蕎麦の実のフランをご紹介いたします。

材料:ウニの瓶詰、豆腐半丁、オリーブオイル、生クリーム、塩、岩塩、黒こしょう、板ゼラチン、蕎麦の実、マスの卵(イクラ)など。

作り方:まず、蕎麦の実をフライパンで炒る。ボウルに豆腐半丁、瓶詰ウニ小さじ2、生クリーム50g程度、塩、黒こしょう少々、オリーブオイル大さじ1程度を入れ(だいたい全部で200g程度)攪拌した後、鍋で軽く温め(IHでレベル5)、そこに水で戻しておいた板ゼラチンを1枚入れ(ゼラチンの種類によって入れる量が違うので説明書で要確認)、混ぜる。小さなグラスに注ぎ、粗熱をとってから冷蔵庫に入れ、固まるまで待つ。ゼラチン状のフランが出来たら冷蔵庫から取り出し、上に蕎麦の実、小粒のぷりっと歯触りのよいマスの卵(これもイクラの一種です)をのせ、生クリーム、岩塩をかければ、こりこり食感が美味しいウニと蕎麦の実のフランの完成です(アレンジとして。前もってとろろ昆布と和風だしのゼラチンを作っておいてください。作り方は一緒です。ウニのフランをグラスに注ぐとき、賽の目にカットしたとろろ昆布のフランを中程に忍ばせるようにサンドすれば、見た目にも味にも奥行き、豪華さが増します)。

詳しいレシピはこちらでご確認ください。

ボナペティ!

エッセイで紹介されたレシピは、
辻仁成 子連れロッカー「希望回復大作戦」ムスコ飯<レシピ>で公開中!

辻仁成/つじ ひとなり

作家。東京都生まれ。’89年「ピアニシモ」ですばる文学賞、’97年「海峡の光」で芥川賞、’99年「白仏」で、仏フェミナ賞・外国小説賞を受賞。映画監督、演出家としても活躍。現在はシングルファザー、パリで息子と2人暮らし。

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