みなさんこんにちは。イタリアに暮らしながら漫画家をしております、ヤマザキマリです。このたび2年近く『女性自身』本誌で連載していた『世界のどこかでハッスル日記』を、当WEBサイトに移動することになりました。
気持ちも新たに、海外から、そして時々訪れる日本から、日々のあれこれや感じたこと、思ったことをつらつらと綴らせて頂きます。
現在、一時帰国している私ですが、テレビはイタリアでも日本でも滅多に見ません(普段、イタリアで仕事をしているときは、国営放送のラジオでニュースなどを聞いております)。ネットもSNSで友達とコミュニケーションをとったり、たまにツイートをしたりする程度……。でもそれでさえ、「止めようかな」と思ってしまうことが頻繁にあります。
というのも、10代半ばでイタリアのフィレンツェという、時間が流れているのか止まっているのか良くわからない古都に赴き、ルネッサンス系被写体の油絵や美術史という、もっぱら過去を探るのが専門の勉強を10年以上もしてきたせいなのでしょう。
どうも今現在の事象・情報が詰まっているメディアには、本能的に拒絶反応のようなものが出てしまうのです。それなのに『女性自身』という情報系メディアの象徴ともいえる雑誌で、ずっとコラムを書いてきた、というのも凄い話でありますが……。
『今』『未来』よりもダントツ『過去』が面白い! という嗜好が、まあ結果的に『テルマエ・ロマエ』という、古代ローマ人が昭和(現代ではない)の銭湯にタイムスリップする、なんていう作品を生み出すきっかけにもなったわけですが、それにしてもたまに日本に帰って来て、テレビなんか付けてみると、それこそ現代にタイムスリップした古代ローマ人さながら、画面から鉄砲水の様に勢い良く溢れ出てくる情報の量には、すっかり圧倒させられてしまいます。
ここ最近ではスポーツですね。私が住む地元イタリアでも話題になっているサッカーの本田圭佑選手、そして全米オープンで大活躍をしたテニスの錦織圭選手について、海外で活躍するやいなや、日本の情報系のメディアがたちまち彼らについての情報一色に染まっていき、それを見ている国民たちも一斉に彼らに意識を向けていく勢いには驚かされます。
私が暮らしているヨーロッパや、かつて暮らしていたアメリカでは、自国のスポーツ選手が他国で活躍し、素晴らしい結果をもたらしても、それがトップニュースになったり、情報番組がまるまるその話題で埋め尽されてしまうということは考えられません。海外で評価されている自国の人間を褒め称え、誇らしいとは思っても、それが自分たちの個人的喜びや幸福感の大部分に置き換えられることは、滅多にないからでしょう。あくまでそれは個人の努力による個人の成果であり、幸せになりたいのなら、その野望はそれぞれで達成せよ、という意識が根付いているせいでもあると思います。
しかし日本の場合は、一体となって喜ぶ。活躍する日本人選手について報じられている現地メディアの記事をあちらこちらから収集し、「海外で彼はこう思われているってよ!」という、ご親切な分析までしてくれる。
日本の人は、他国の人が自分たち国民を、そして自分たちの国をどう見ているのか、ということがとても気になる人種なのかもしれません。それと同時に、世界の多くの人々からは『大人しい』と思われがちな国民性ですが、きっかけさえあれば、何でもお祭りのネタにしてしまうところなんか、ラテンの人々にも引けを取りません。
ちなみに錦織という名字の人たちは、日本で1万2千人居るそうですが、それは何気に見てしまった情報番組で知った豆知識です。錦織選手についての、テニスだけでなく、こんなことまで報じる日本メディアの盛り上がりパワーに、イタリアから一時帰国したばかりの私はただ圧倒されるばかり。
そして、その流れに乗っかるつもりなんて全く無かったのに、気がついたら、彼の決勝戦を放映する有料放送局と契約をしてしまっていたのでした……。何たること。情報、恐るべし。
ヤマザキマリ
漫画家。1967年4月20日東京都出身 1984年に渡伊、フィレンツェの国立アカデミア美術学院に入学 美術史・油絵を専攻。1997年に漫画家としてデビュー。2010年古代ローマを舞台にした漫画「テルマエ・ロマエ」で第2回漫画大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞 世界8カ国語に翻訳される。
著書に「ルミとマヤとその周辺」「モーレツ!イタリア家族」等。文筆作品では「テルマエ戦記」「望遠ニッポン見聞録」「男性論」等。現在は講談社“ハツキス”で「スティーブ・ジョブズ」、“新潮45”で「プリニウス」を(とり・みきと共著)連載中