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6月某日 東京

狭い領土にびっしりと火山、そして頻発する地震。周囲をぐるりと海に囲まれたそんな島国によくもこれだけの人口と、ダメージを受けても屈しない経済力を維持させられるエネルギーがあるもんだな、とよく外国にいるとまわりの人に言われます。日本での火山噴火や強い震度の地震ニュースは海外でも報道されるのですが、お陰さまで災害大国である日本の「おきあがりこぼし」とも表現できる、ダメージに屈しない頑強で我慢強いな有様は、数年前にイタリア中部で起こった大地震の後始末が未だに終わっていない国からしてみれば、信じられないことなのかもしれません。

『3・11』も世界中のメディアが取り上げたのは、大災害時の日本人の冷静さについてでした。阪神大震災のときも、とにかく大変な自体が発生しているにもかかわらず民衆がみんな落ち着いていて、他国のようにそれを機に秩序を乱した民衆たちが暴動を起こしたりすることもなく、配給があればきちんと列を守り、無駄なパニックを起こさない。外国人からは「さすが日本人は仏教の民だな」、「ZENスピリットってやつだろ?」などと言われることもありますが、我々はそこまでの熱心な仏教の民ではありませんから、まったく関係ないとは言い切れなくても、宗教的なモラルの心理操作は海外の人たちが思っているほど大きく影響はしていないと思います。

とにかく日本の人は災害慣れしている、ということが一番の理由になるのかもしれません。子供のときから教育機関においても、地震が起こった場合を想定にした避難訓練や、台風や何かの場合の集団下校といった防災への準備を再三おこなわれています。私も自分の子供をいろんな国の学校に入れてきましたけれど、万が一に備えてあんなことをしている国は、日本以外には一カ所もありませんでした。

日本という領土に生まれ育った人間にとっては、とにかく子供の頃から地震は日常生活であたりまえに起こることであり、なにも特別ではない、と皆どこかで諦観しながら生きていますし、大騒ぎをした所で不可抗力だということも充分に判っているので、震災時も必要以上のエネルギーを費やして疲れないように心の訓練を常にしているところがあると思います。

地震だけではありません、火山噴火も日本においては、多くの人にとっては当たり前のものになっています。噴煙がつねにもうもうと出ている桜島の光景が日常的なものである鹿児島県の人もそうでしょうし、私がかつて幼少期を過ごした北海道の小学校では、校歌もいきなり「たなびく煙、樽前(山の)」という最寄りの火山の歌詞で始まります。夏に泳ぎに行っていた最寄りの海岸は「噴火湾」の中にありましたし、1977年に有珠山が噴火したときには辺り一面が空から降ってきた火山灰に覆われてしまったのを目の当たりにしました。その後母親とその火山噴火の際にできた「有珠新山」なるものをわざわざ見に行き、そのまま登別温泉の地獄谷にも立ち寄って、ついでに硫黄臭漂う温泉にまで浸かって、日がな一日「マグマ力」三昧をしたのを思い出します。

1991年、イタリアに留学中だった私は、イタリア人女性の友人と日本に帰省しましたが、その際母と3人で島原に住んでいる親戚を訪ねました。その直前に雲仙岳が噴火しており、私たちは到着するなり灰だらけになった親戚の家の軒先の掃除を手伝いました。死者も出る大惨事でしたが、近所には火山活動を活発化させた雲仙の写真を毎日撮るのが生き甲斐みたいなお爺さんもいて、写真を何枚も見せてもらったりもしました。

このように、自然災害の壮絶さというものを、私たちは子供時代から日常生活の一部分として当たり前に受け入れ、恐れに圧迫されるだけでなく、そういった環境とそれなりに上手く付き合いながらもやりくりしてきているわけです。

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イタリアの、シチリア島のエトナ山の麓で暮らす人々は、そんな日本人の心構えに近いものを持って生きているところがあるかもしれません。以前カターニャという街に暮らす友人一家を訪ねたときも、彼らが自分たちの暮らす土地を知ってもらおうと、まず最初に私を連れて行ったのがエトナ山であり、そのときに立ち寄った彼らの友人宅から100メートルとない距離まで溶岩の真っ黒な塊があるのを目の当たりにしました。

「あれがもっとこっちまで来ていたらこの家もアウトよね」とそこの奥さんはおどけたように肩をすぼめて見せていましたが、歴代その土地に暮らし続けてきた彼らにとってはびくびく怯える程のことでもないといった様子でした。

地震・火山大国には温泉という恩恵もあり、シチリアに限らずイタリア各所には少なくない数の温泉がありますし、古代に温泉のない都市部に公衆浴場たるものが発達したのも、うっかりナポリのヴェスビオ火山近辺の温泉を体験してしまったあるローマ人の旅人の、「都市でも温泉」という執念深い欲求が発端となって開発され、発達したとされています。

そんな甘美な贅沢を人間に提供する傍で容赦ない噴火を起こして沢山の犠牲者を出すこととなったヴェスビオ火山ですが、やはりまたいつ次の大噴火が起こるとも限らないと、ナポリやその山の周辺に暮らす人たちは心の底で思いながら暮らしているのです。

 

昨今は日本に帰る度に大きめの地震を感じたり、口永良部島が噴火したりと、何ともこのあたりの地底の落ち着きのない様子が気になりますし、それを報道で目にしたイタリアの家族からは「おまえはどうしてそんな危険な日本へ行くのだ」と不安がられたりもしますが、以前姑に、日本滞在時には常備してある非難時用の防災グッズの入ったリュックの写真を見せたら「準備万端なのが怖いけど……。もしそうなったとしても、どうするべきかわかっている、ってところが凄いね。感心した」というリアクション。その場にいた舅がそんな妻に対して「うちには移動性の噴火山がいるから(妻のこと)、僕もこういう防災準備をしておいたほうがいいかもしれないな、うしし」と冗談を言ったつもりが、それで収集の付かない夫婦喧嘩に発展してしまいました。舅はいつのものこと、と言った感じで途中ですっかり冷静になっていましたが。

日常生活に何かが生じたとき、無駄なエネルギーの浪費をしたりパニックを起こしたところで何も解決にならないということを、我々日本人は自然災害から、そしてイタリアの男たちは身近なイタリア女性から認識しているのかもしれません……。