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4月某日 東京

「本当に貧しい人は贅沢な暮らしを保つために働く人だ」

「貧乏な人とは少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足していない人の事だ」

これは先日来日した、ウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領の言葉です。彼自身も質素な生活と見解を極めた、世界一貧しい大統領として世界にその名を知られる人でもありますが、大統領就任中も現在も首都モンテビデオ郊外の倹しく質素な家に暮らし、収入の9割を寄付にあて、本人と奥様は月々1000ドル(10万円程度)でやりくりをしているそうです。

個人資産も推定額18万円のおんぼろワーゲン一台のみ。大統領であっても移動用の専用機は持たず、いつも普通の旅客機のエコノミークラスを利用、一度メキシコの大統領に好意でウルグアイまで送ってもらったこともあって話題になりましたが、日常生活では逆にヒッチハイクをする一般人を道で見つけて同乗させたり、とにかくやる事為す事全てに、ステイタスのある人間にありがちな貪欲で傲慢な“自我”というものを感じさせない人、という印象を受けます。

例えば仏道など、修行を何年も積み重ねて俗世への執着を棄捨したお坊さんなどにはこういう人もいそうですが、大統領という職種では前代未聞なのではないでしょうか。

「無限の欲が尽きない人ほど貧しい」という彼の言葉通り、我々のような資本主義の国に生きる人間にとって、お金というものは生活を脅かす曲者です。あってもなくても穏やかになれない。日本では深刻な問題として未だに改善の兆しすら見えない『オレオレ詐欺』も今では手口の巧妙化も進み、日々どこかで誰かが何十万、何百万円という単位のお金を騙し取られています。知り合いでもやはり何百万円単位で被害にあった人がいましたが、多分そんな情報が流れてくる度に多くの方たちが「それにしても、みんな随分お金持っているんだなあ……」ということを感じているのではないでしょうか。

将来を嘱望されていた若い人気者のバドミントン選手が、突然賭博で何十万円というお金を費やしていたというニュースが流れた時も、やはり世知辛い今の世の中で、特に生活費や子供たちの学費を稼ぐのに必死で働いている人たちは衝撃を受けた事でしょう。確かに勝負の世界に浸り続けて大人になった彼らには、具体的な結果を即座に得られる賭博は、スポーツをしているのと大差ない心地をもたらすものだったのかもしれません。しかし、賭博という問題以前に私たちがこういったニュースで感じるのは、お金に対する人びとの、『倫理感』ついてなのです。

例えば私がボランティアの為に滞在していた1990年代初頭のキューバは、ソ連や東欧がどんどん社会主義を止めていく最中で経済制裁を強いられ、それまで以上に物資が手に入らない困窮状況に陥っていました。厄介になっていた家には15名の家族がぎゅうぎゅうに暮らしていましたが、酷い時には1日の食べ物が配給で配られるパン1個。運よく食材が手に入って料理ができる日があったとしても、家中にお皿が2枚しかなかったのでそれを家族で順番に回しながら食べるしかありませんでした。

しかし少なくともあの時、私の周りにいたキューバの人たちはそんなことで生きる楽しさや嬉しさを諦めたり放棄したりはしていませんでした。計画停電で夜に家の中が真っ暗になってしまっても「月が出ているから、外の方が明るいよ」と皆でわらわら表の広場へ出て行って、誰かが持って来たギターや打楽器にあわせてそこに踊ったりしながら時間を費やすのです。そんな月明かりを利用して子供たちは元気にはしゃぎ、ロマンチックな恋愛を成就させる若者もいましたし、微笑み合いながら仲よく踊る老夫婦もいました。

そんなキューバでの滞在を終え、久々に当時留学していたフィレンツェの家賃未納でインフラも機能しない状態の家に戻った私は、郵便受けに押し込まれた無数の未払い通知書や督促状を見て、「ああ、お金がない国のほうが圧倒的に幸せだった……」と痛感し、暫く落ち込みました。でも〝お金を持つ事と幸せがイコールではない国がこの世には存在するんだ!〟という思いを頼りに日々なんとか乗り切っていたのを思い出します。

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物を欲さず、自我にとらわれない。働く事が全てではない。そんな生き方を私も望んでいますが……

問題は、私達はイタリアや日本のように、周りを見回しても「あれ欲しい、これ欲しい、ああしたい、こうしたい、どこいきたい」というありとあらゆる類いの欲求を刺激するものが溢れかえり、私たちはテレビをつけても雑誌をめくっても電車に乗っても、某か「欲しい」という思いからは逃れられない社会に生きているということです。文芸や漫画や映画といった表現作品にも経済効果を求められ、作り手ですら「売れたい」という欲求を抱くようになってしまいます。

こんな内容の文章を綴っている今の私ですら、パソコンの画面には通信販売のサイトが2つも開いたままの状態になっているという有様ですから、どうしようもありません。お金がストレス解消の素材にもなってしまっている国にいながら、ムヒカ元大統領のような意識を持って生きる事は決して簡単なことではないのです。

ムヒカ氏は若い頃に左翼組織で活動をし、何発も銃弾を打ち込まれたり4度も逮捕されて13年間も投獄されたり、一般の人には有り得ない波乱万丈な経験を経て、尚かつ国民によって選ばれた有識者であり、人格者です。資本主義で経済が回っている国にいても、気骨に清貧生活を実施できる、頑強でぶれない精神性を備えた希有な人なのです。

彼が大統領だった時代のウルグアイがそれなりの経済成長も遂げているのも注視すべき点ですし、そして何よりムヒカという人を大統領として選べる意識が国民の中にあったというのはとても大きな事だと思います。

南米には左派で大統領になった人が何人かいますが、例えばブラジルのルラ元大統領のように、あんなに国民から強く支持されていたにも関わらず昨今になって石油会社との汚職スキャンダルが発覚し、国民を激しく落胆させてしまった人もいる中で、徹底した清貧精神をつらぬく姿勢は奇跡的ですらあります。

ムヒカ氏は単に資本主義国のあり方を否定しているのではありません。お金を使うな、とも、働かなくてもいい、とも言ってはいない。ただ経済が国や国民の支えになっていたとしても、資本主義という仕組みの生活に逆らえなくても、お金のためばかりに生きるな、この世にはお金に換えられない大事なものもあるのを忘れずに、という理念を発信しています。

来日中も日本の多くの人びとがそんな彼の言葉に胸を打たれだろうと思いますし、メディアも盛んに彼の報道を流していました。ただどんなに「こんな政治家がいてくれたら」「この人を見習うべきだ」「ムヒカみたいになりたい」という理想の対象にはなりえても、前述したようにこの人はこれらの言葉に強い説得力を持たせられる歴史を、自らの中に築いてきた人です。誰にも真似ができることではありません。

物を欲さず、自我にとらわれない。働く事が全てではない。そんな生き方を私も望んでいますが、お金で安心を保証される国に暮らし続けつつ、それができるかどうかはわかりません。でも、少なくともそれが人間にとっては極上の幸福なのだと唱える人がこの世の中にもいることを、そしてそこに真理があることも常に思い出しながら、自分なりに日々をやりくりしていきたいものです。