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3月某日 東京

世間的には漫画家は“好きなことを仕事にできている人”ということになるのか、私もメディアのインタビューなどではそのように解釈された質問をよく受けます。確かに私は漫画家になるまでに、チリ紙交換からテレビの温泉レポーターに至るまで実に様々な仕事をしてきましたが、では漫画家という仕事が自分の希望していた職業だったか、というとズバリそうではありません。絵を描くことも、物語を作ることも、好きだからやっているというより、黙っていても気がついたら自然にやってしまっていること、誰にやれと言われなくてもやってしまっていること、とでも言うのでしょうか。好きとか嫌い以前に、持って生まれた性(さが)だから、こういうことを仕事にするのがきっと自分にはふさわしいのだろうと、結構早いうちから思うようになっていました。

 

ちなみに子供の頃に憧れていた仕事は“アフリカで動物を研究する人”および“旅行家・探検家”でした。家の中で引きこもるのと同じくらい外で動き回っているのが好きなのは、昔も今も同じです。漫画家になりたい、という思いも発想も脳裏をよぎったことすらありません。

 

絵を描いていないと落ち着かないという性質を俯瞰で認識し、自分は絵描きになるべきなのかもしれないと悟ったときも、それを周囲の人間に宣言すれば苦笑されるばかりでしたし、母親からは「それならこの本を読んでごらん。絵描きって大変よ」と、まだアニメ化される前に『フランダースの犬』を渡されたことがあります。周りの半端ない懸念に加えて、私も積極的に貧乏や野垂れ死と背中合わせの将来を望むはずもなく、できれば絵を描く仕事などではなく、憧れのアフリカで動物を研究したり、その頃テレビ番組でツチノコや雪男を探索に出かけていた川口浩のような怪しい探検家、またはテレビで活躍されていた兼高かおるさんみたいに1年中世界を巡っている人になりたい、と思っていたのでした。

 

ちなみに、うちの息子の幼い頃の夢は“ラーメン職人”と“タコ釣り漁船の乗組員”でした。ふたつとも私がテレビのリポーターをやっていた頃に取材としてかかわったものですが、取材後にプライベートで子供を連れて再訪した時に、息子は、地道に美味しいものをプロデュースする人々の姿にえらく感動し、心を動かされたようです。

 

今は大学でエンジニアリングという全く違うことを学んでいるわけですが、それも結局は学校で数学が得意だったという理由と、手塚治虫やSFが好きだったという理由で何となく選んでしまったのだそうです。勉強がますます大変になってきている昨今、ふと思い出した様に「本当はラーメン屋さんになりたかったんだよ……」と呟くことがあるので、「だったら今からがっつり修行してラーメン屋さんになればいいじゃん」と促していますが、“本当にやってみたかった仕事”と“自分に向いている仕事”というのは違う次元にあるということを、人はどこかで知らされる時がくるのだと思います。

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子供たちのあこがれの職業比較、今昔

ちなみに現代の子供たちは大人になったらどんな仕事を望んでいるのだろう、ということが気になって調べてみると、私が子供だった40年前とはさすがにその内容もがらりと変わってきています。

 

私が子供だったころ、女子に圧倒的に人気だった仕事は飛行機の客室乗務員(スチュワーデス)でした。海外旅行がなかなか叶わなかった時代を反映しているとも言えますが、1970年の統計でも女の子の憧れの職業“第1位”を誇っています。以下は:2位 デザイナー、3位 教師、4位 看護婦、5位 タレント、6位 ジャーナリスト、7位 漫画家、8位 小説家、9位 婦人警官、10位 美容師と並びます。

 

男子はというと:1位 エンジニア、2位 プロ野球選手、3位 サラリーマン、4位 パイロット、5位 電気技師、6位 医者、7位 自家営業、8位 科学者、9位 建築士、10位 漫画家

(出典:レファレンス共同データベースに収録された朝日新聞の1970年11月2日朝刊記事)

 

……という具合ですが、ここでもパイロットがこの時代らしいものといえるでしょう。女性とくらべて、現実的な醒めた見解と夢が渾然一体となっているのが男の子の選択の特徴と言えるかもしれませんが、この特徴は時代が現代に近づけば近づく程強調されるようになります。

 

ちなみに、現在の男の子が将来やりたい仕事のランキングですが、1位 スポーツ選手、2位 医師、歯科医、薬剤師など、3位 学校の先生、4位 会社員、5位 大学教授、6位 警官、消防士、自衛官、7位 自動車整備士、自動車などの運転士、8位 コック・調理師、9位 コンピューター関係、10位 パン屋さん・ケーキ屋さん、栄養士

 

女の子は:1位 獣医師、ペットショップ屋さん、2位 保育士、3位 パン屋さん・ケーキ屋さん、4位 看護、介護士、5位 作家・漫画家、6位 歌手、ミュージシャン、女優、7位 学校の先生、8位 スポーツ選手、9位 画家、デザイナー、写真家、10位 医師、歯科医、薬剤師

(以上 出典:子供の将来なりたい職業 小学生編)

 

女の子の1位がペットショップ店員、というのは意外でしたが、医療関係や、学校の教諭、そしてスポーツ選手や芸能界といった普遍的に子供が憧れる仕事があり、これらは実はイギリスやアメリカなど他の国の子供の願望とも重なっています。先進国に育つ子供の意識にはかなり共通点があるのかもしれません。日本の場合は、年齢が上になると、ここにゲームプログラマーやアニメーター、CGクリエーターのような現代ならではの仕事に憧れる子供も現れます。

 

そして、この2つの時代を対比して、大きな特徴としてあげるべきことは、飛行機関連の仕事がランクインしていないという結果です。でも日本の飛行機に乗ればいつも若くて美しい客室乗務員の方がいることを見れば、志願者はいるのでしょうけれど、30年前のような憧れの対象ではなくなっていることは間違いありません。

 

ちなみに、Business Insiderというサイトに客室乗務員の「これだけは止めてほしい」という話題が取り上げられていたので読んでみると、客室乗務員のストレスの源が丸出しになっているようで、感慨深くなりました。

 

荷物入れを占領する、挨拶をしない、食事を配っているときにゴミを頼むなどタイミングが悪い安全説明を聞かない飲み物のオーダー時にヘッドフォンを付けている、注意を引くために客室乗務員を触る、シートベルト着用サイン点灯後に化粧室を利用する、希望の食事が得られなかっただけでこの世の終わりのような態度を取る、ペンを借りようとする、etc」

 

下線が引いてあるのは、2カ月に一度直距離国際線を利用する私の振る舞いに当てはまる部分です。これを読んでしまったがために、次回から飛行機に乗るときは客室乗務員の方に嫌な客と思われないよう、相当気を配らなければならなくなるでしょう。

 

まあ、これはどうやら外国の航空会社で働く客室乗務員の意見らしいので、日本の方たちはもう少し寛容なのではないかと思うのですが……。確かにこれを読めば、憧れの仕事の座を維持できなかったのも納得がいくとしか言いようがありません。

 

ところで、私が子供の頃憧れていた冒険家や旅行家、というのはどの「大人になったらやりたい職業」の統計にも入っていませんでしたが、あまり憧れの対象とはなっていないのでしょうか。私にとっては、今でも漫画家を辞めたらやってみたい職業ナンバーワンなんですけどね。

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