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12月某日 北イタリア・パドヴァ

 

2017年も残すところあと僅かとなりましたが、皆さんにとって今年はどんな1年だったでしょうか。私は、今年も例年と変わらず、やっぱりこの1年も〝3カ月くらいで終ったな”という印象です。日本とイタリアを足繁く往復したり、日々締め切りやらなにやらに追われた生活をしていれば、1年が3カ月に感じられるというのは止むを得ないのでしょうけど、こんなふうに自分でしっかりと時間を掴めている感覚もなく時の流れに身を委ねていると、本当に瞬く間に人生が終ってしまうんじゃないだろうか、という微妙な焦りも禁じ得ません。

 

私は今から6年程前、シカゴにいるときに発症した病気を今でも細々治療し続けて過ごしていますが、現代の最新医療のお陰で、以前だったらひょっとすると「あと何年です」とも言われかねなかったかもしれないのに、こうして周りの人以上に元気にやりくりできております。

 

ですけど、やはり自分の人生については50歳にもなるとあれこれ考えるわけです。病気もそうですが、1年にこれだけ長距離の移動をしていると、どこでどんな事故に巻き込まれるともわかりませんから、数年前には遺言のようなものをとりあえず書いて、引き出しの中に入れておくことにしました。

 

といっても私的なメモみたいなものなので、別に公証人に作ってもらった公正証書遺言ではありません。しかし、あまりにも物騒なこの世の中、いつ何があっても、そうか、あの人は心の片隅ではこういう終焉も覚悟していたのだな、と残った人にも思って頂けるよう、なんとなく遺言モドキのものは残しておくべき、という気持ちになったのです。

 

変な話ですけど、誰かが亡くなった時、その人が生前に死という意識と向き合っていた形跡があるのとないのとでは、残された人の気持ちのやり場も違ってくると思うのです。「かわいそうに、もっともっと長生きしたかっただろうに……」と、亡くなった人の無念を憶測して悲しみを募らせるよりは「まあ、でも、この人って生きているときから現実的な死生観を持ってたしね」と思ってもらえるほうが、正直、亡くなる人も残される人も気楽なんじゃないかと思ったりするわけです。

 

わが母は来年で85歳になりますが、いろいろありはしますが元気です。雪の中を17歳のメスの愛犬を連れて鼻息粗く散歩に出かけているという話はこちらのエッセイでも書きましたが、そう考えると人間の寿命や精神年齢、バイタリティというのは本当にここ数十年くらいの間に圧倒的に延びたとしか思えません。

 

サザエさんの描かれた昭和20年代、いまからもう70年前にもなりますけども、その当時の54歳スタンダードが磯野波平だったわけです。磯野フネは2歳年下の52歳。っていうことは、私はもうかれこれ〝フネエイジ”だということになります。

 

先月の末、イタリアへ戻る直前に東京で原田知世さんのコンサートを見ましたけども、彼女も私と同じ年齢ですから立派な〝フネエイジ”なわけです。まあ、『時をかける少女』を比較に持ってくることそのものが間違いなのは判っていますが、ここ70年の間に人間の体というものが、あきらかに老化という側面で画期的な変化を遂げていることは確実です。

 

そう考えると、この先さらに70年後、人間は見た目で年齢が判別できなくなっている状態になっているかもしれません。そのうち世の中の全ての人が〝時をかける少年少女〟になってしまっている可能性もあるでしょう。

 

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40年前のことも、ついこの間のことのよう……

時々考えるのは、もしこのまま順調に平均寿命の90歳近くまで生きた場合です。たとえば今から過去40年をさかのぼると、意外についこの間のことのように沢山の記憶が脳裏に蘇ってきます。母に買ってもらった時計をなくしたのも、暮らしていた住宅の2階が火事になって大騒ぎになったのも、少年チャンピオンを読み漁っていたのも、お婆ちゃんが亡くなったのも全て10歳のときの出来事ですが、まるでこの間のことのようです。あれから今までの時間を、今の50歳に足してみると90歳……。何やらもう本当に〝人生とはつかの間なんだな”という気持ちにしかなりません。

 

なので残りの40年を大切に使おうと、もうそろそろ仕事やら締めきりやらに追われて過ごす、という日々の暮らしをもっと楽な方向に持って行きたいものですが、心ではそう意識をしていても気がつくとまた何やら描きたいものが頭の中に膨らんできて、それを表に出すことに一生懸命になってしまっている現状。確かに、70年前のフネと違って今の人間の有様を考慮すれば、50代はまだ人生の折り返しを過ぎたばかりですが、まあそこそこに適当に怠けられる時間も積極的に作れたら言いなと思っております(と毎年言っている気がしますが)。

 

それにしても今年1年、私はいったい何をしてきたのでありましょうか。息子の様子を見に再びハワイへ行ったり、スパリゾートハワイアンズでフラガールと共演をしたり、北海道の温泉でライブをしたり、表参道でずっこけて転んだり、ゆっくり冷静に思い出すと結構いろんなことがあるにはあったようです。そして今年の後半はなぜだか『受賞ラッシュ』というものに見舞われました。

 

やたらとあちこちで表彰をされた私ですが、広告的要素も兼ねた華々しい大手企業や団体主催のものも含めて、なんで私みたいなのが……という戸惑いを消せぬまま、賞状やら記念品などを頂いてまいりました。

 

そんな中でも一番びっくりしたのは、イタリア共和国から勲章を授かったことでしょう。正式には『イタリア共和国星勲章』といいますが、どうやらこれはイタリアと多国間の友好関係やら文化促進に関わった功労者が選ばれるもののようです。グレードが幾つかあるなかで、私が綬章したのは『コメンダトーレ章』というもので、日本語に直すと『騎士団長章』ということになります。村上春樹氏の最新小説のタイトルのお陰で「騎士団長章もらった」というと「騎士団長、殺し!?」という反応が瞬時に戻ってきたりしますが、まあ昔であれば馬に跨がり、下々の騎士たちに指令を送る事ができていたのかもしれません。何はともあれ、ありがたきことです。

 

この他にも、ちょっと大掛かりな出来事が実はいくつか起きたりもした2017年ではありますが、まあ正直、無意識に某か他の人なら経験しなくても済むような事件に巻き込まれ続けてきた自分的には、いつも通りといえばいつも通りと言える年でもありました。

 

2018年がそれなりにまた慌ただしくなる気配は今から十分に感知しておりますが、今までも、たとえどんな事象と向き合わされても、気がついたらいつの間にか全ては過ぎてしまった過去になっているので、多分またそんな調子で新たな1年を過ごすことになるのかもしれません。先のことはさっぱり見えませんが、怒涛も安泰も全て含めてそれが人生ってやつですからね。

 

紀元前50年頃、古代ローマ時代南イタリアにホラティウスという詩人が活躍しておりました。彼はこんな言葉を残しております。

 

『未来がどうなるかあれこれ詮索するのを止めよ。そして時がもたらすものが何であれ、贈り物として受けよ』

 

はい。というわけで、皆さん今年もお付き合いありがとうございました。そしてどうぞ良いお歳をお迎え下さい。また2018年にこちらのハッスル日記でお会いいたしましょう!