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2月22日 北海道

 

北海道行きの飛行機は、東京に少し雪が降ったためなのか遅滞。1時間遅れで新千歳空港に到着すると、迎えに来てくれた妹の車で実家へ。実家の前の雪がきれいに除雪されていたのを見て感心していると、ご近所のおじさんがいつもひっそりと手伝ってくれているとのこと。素晴らしきご近所の思いやりに、「お礼はしてるの?」と聞くと「その都度何かお返しはしている」という返事。高齢化が進んでいる地域なのだけど、そうやってご近所同士が世話を焼き合っているのは大切なことだ。

 

久々に会った母は思っていたより元気。いつも彼女に寄り添っている、2月28日で18歳になったゴールデンレトリバーの老犬ピエラちゃんも、そして垂れ耳の猫マコちゃんもすこぶる元気。台所の椅子と机が脇に寄せられていたのでどうしたのかと聞くと、「さっきまでバイオリンのお弟子さんがいたのよ!」と、間もなく85歳を迎える彼女も相変わらずのエネルギッシュさだ。

 

翌日札幌へ移動して、北海道立近代美術館で開催されている棟方志功展の番宣。もの凄く久々に札幌テレビ放送の『どさんこワイド』に出演した。かつて子供が生まれてイタリアから一時帰国していた折に、私はこの番組で手軽なイタリア料理を作ったり、温泉のリポーターをしていたのだ。懐かしいスタジオと、懐かしいスタッフの方たちとも再会。

 

翌日は棟方志功展が開催されている会場へ行って、そこに展示されている350点もの作品に目を通し、棟方志功についての講演会。北海道でこれだけのレベルの棟方志功展が開催されるのは初めてということもあり、会場には多くの人々が。どんな時代にもこれだけの集客の効果をもたらす棟方志功はさすがだ。翌日の講演会では、棟方の定宿、青森の浅虫温泉「椿館」の館長・海老名さんとも再会。海老名さんは生前の棟方さんと交流のあった希有な存在であり、しかも東京まで棟方さんにお会いに行った際には、感極まった棟方さんに耳をがじがじと噛まれたという驚きの経験の持ち主。

 

母と妹も会場を訪れて棟方作品を堪能、皆で一緒に札幌ラーメンを食べてそれぞれ帰路へ。東京に到着した後は、漫画原稿を描いてから就寝。

 

2月26日 東京

 

日中は漫画の原稿と、締め切りの過ぎてしまったエッセイの原稿。夜は千代田区一ツ橋のサロンで「ネットマンガ実践研究会イベント」の企画に参加。同業者とり・みき氏、エージェント経営者佐渡島庸平氏と“漫画家と編集者のあり方”についての対談。佐渡島氏は、控え室で私の今まで公にできなかったあれこれを聞いて驚かれていた。時間の経過とともに心は落ち着いてきたが、『テルマエ・ロマエ』がヒットした直後、仕事やお金を巡って家族との軋轢にまで発展していった怒涛の日々は、今でも思い出すと複雑な気持ちになる。

 

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2月27日 香港

 

早朝、タクシーで羽田空港の国際線ターミナルへ。ロビーで自分が座っていたソファの後ろからいびきが聞こえてきたので振り向くと、そこにひとりの女性が横たわって爆睡中。着ている服がなんとなく、待ち合わせをしている旅の友で同業者・羽海野チカさんと似ていたので、徹夜で原稿を上げてきて思わずここで寝てしまったのかしらと一瞬勘違いしそうになるが、よく見てみたら外国の女性だった。その後現れた羽海野さんは颯爽とリュックを背負って満面の笑み。3時間しか寝ていないというけど顔色も良く元気そう。

 

香港の旅を決めたのはほんの数週間前だ。1時間だけお昼を一緒にした羽海野さんから突然誘われて、急遽香港旅行を決め、2時間で飛行機も宿泊先も決めてしまった。間もなくスイスにお引っ越しするという、羽海野さんの香港にいるご親族に会いに行くのも、目的のひとつだ。

 

私は自分の周辺で発生してしまった面倒だったり厄介な問題と向き合っている最中だったし、原稿も他の仕事も忙しくてとても旅などしている場合ではなかったけど、かといってこのままでは何かと重々しい日々と向き合うエネルギーが継続しない。こういう場合はあれこれ考えずに潔く旅に出る。これこそ昔から続けている私式の“やる気チャージ法”。

 

香港は、私にとっての一番最初の海外旅行の地だ。1977年、10歳だった私は当時香港のオーケストラへの移籍を考えていた母に連れられて、1ヵ月ほどこの街に滞在したことがある。当時は香港へ行くのには予防接種も必要だったし、イギリス領事館でビザも発給してもらわなければならなかった。でもこの40年前の香港滞在は、その後の私の生き方を象ったことは間違いない。

 

その後仕事で6年前に香港には戻っているが、中国返還前の40年前の雑踏や貧富の差の激しさは払拭されている。路上生活者を見かけることもないし、対面式公衆トイレ(俗称:ニーハオトイレ)もない。

 

ただ、私たちが泊まった香港島の金融街周辺の景観も、そこを行く人々のエネルギッシュな様子も相変わらず圧倒的で、普段は静かで穏やかな羽海野さんが圧倒されている。ホテルでも忙しない私と同室だったので、朝は5時に起きてこっそりiPadで原稿を描いている私の姿に「マリちゃん、生き急いでいるよ~」と動揺されていたが(ごめんね羽海野さん!!)、外に出れば出たで香港のビジネスマンたちの動きが半端ない。女性も皆大股でさっそうと歩いている。

 

香港は寛ぎ目的で訪ねる場所ではない。それは子供のころも実感していたが、小学校のころから過剰な行動力と鼻息の荒さ故に「馬子」と周りから呼ばれていた私のリズム感には、とても自然にマッチする。もし私が絵の道に進んでいなかったら、きっと香港のような持ち前の鼻息の荒さを活かせる場所で、ビジネスか何かに携わっていたかもしれない、などという憶測をする。

 

漫画家という立場上、普段滅多に歩かない羽海野さんと私だが、香港滞在中はとにかく、ひたすら歩き回った。羽海野さんもなんだか初日より心無しかエネルギッシュな香港対応の顔つきになっている。しかし、あまりにも歩き過ぎて私はぎっくり腰の一歩手前になってしまった。ゴージャズな商業施設、そして九龍の庶民的マーケット。3日かけてあちこち動き回り、食べまくり。最後の日に体重計に乗ったら3キロ近く増えていて驚く。ちょっとしたトラブルが起こるも羽海野さんと「こんなにネタがあるのだし、せっかくだからこの滞在を二人で合作エッセイ漫画にしよう」と決める。

 

そんなわけで、旅の詳細はどこかで掲載されるであろう羽海野さんとのエッセイ漫画で読んで下さいませ。

 

3月2日 福岡

 

香港からの帰国便は夜に羽田に到着。羽海野さんは迎えにきていた編集者の方に送られて帰路へ、私は羽田のホテルに1泊して翌朝の飛行機で福岡へ。

 

福岡では九州市民大学という組織の主催で1日に講演会を2回。『テルマエ・ロマエ』ができた経緯、古代ローマと日本の相似点について、たっぷり1時間半、合計で3時間喋りまくる。途中、香港から買ってきた“何にでも効く”という万能薬を腰に塗り、何だか判らない漢方の薬が混ざった強烈な臭いを嗅いで意識を覚醒させる。

 

その日のうちに最終便で東京に戻り、家に帰ってまずは風呂に浸かる。仕事場の金魚鉢の2匹の金魚がなんとなくどんよりしている。金魚鉢が苔で汚れているのがとても気になり、いきなり深夜に水槽の大掃除を始めてしまう。私は疲れているときほど、掃除をしたくなるのだ。嫌な癖だ。

 

新連載の原稿のチェックやら何やらしていたら、外が白んできてしまった。

 

ベッドにもぐって爆睡し、翌朝から遅れている原稿に取りかかる。一週間の間に訪れた北海道と香港、そして福岡という、それぞれの場所でもらってきたエネルギーでいつもより頑張れそうだ。

 

旅や移動は私にとって本当に仕事のモチベーションを上げてくれる必要不可欠なものであることを痛感中。