image

3月某日 東京

 

東京の仕事場の窓からは隣の庭に咲き誇るソメイヨシノが見えますし、周辺にもいくつかお花見スポットはあるのですが、私は一歩も外へ出られずに、日々締め切りの迫る原稿と向き合いながら過ごしております。

 

ですが数日前、私用があってほんのつかの間でしたが新宿まで出かけてきました。来月末に予定されているライブの衣装の生地を洋裁業の友人と物色しに行ったのですが、そのついでにデパートにも立ち寄りました。仕事場に引きこもり中は、食材を買う時間も調理をするゆとりもないので、ほぼ出前頼りになってしまうわけですが、せっかく外に出たのだからとデパ地下を物色。あれこれ見て歩いていると、タマゴの形状をしたケーキやチョコレートが目に入り「ああ、そうかあ。もう復活祭なんだっけ」と思った傍で、何やら妙な気持ちになりました。そもそもキリスト教でもない日本になぜ、復活祭用の菓子があるのでしょう。

 

まあ、クリスマスやバレンタインデー、そして昨今ではハロウィンさえ社会現象になるほどの大きなイベントになっている日本において、今更といえば今更な疑問ではあるのですが、まさか復活祭まで日本のお菓子ビジネスの触手が伸びていたとは全く知りませんでした。

 

イタリアでは復活祭が近くなると、大中小と様々な大きさのタマゴ型をしたチョコレートが売り出されるようになります。それ以外にもコロンバ(鳩)という名前の、復活祭のもう1つのシンボルである鳩を象った菓子パンのようなケーキも期間限定で売り出され、クリスマスのパネットーネやパンドーロと同じように人々はそれを盛んに食べて過ごします。ポルトガルに住んでいた頃は、復活祭には茹でゆで卵を殻ごと飾った固いパンのようなケーキを食べていました。

 

そういった時期限定のお菓子を食べるだけでなく、欧米の復活祭ではクリスマスと同様に親戚が集まって大掛かりな食事会をするのが恒例で、この時期になれば羊の肉など様々な食品の需要も高まります。

 

でも、クリスマスも復活祭もあくまでキリスト教世界での重要な祭事なので、テレビでは必ずバチカンの聖ピエトロ広場での法王によるライブミサが放映されていますし、親族との食事会の前には、しっかり礼拝へ行く人も勿論沢山いるわけで、楽しいイベントというよりは私的には義務的な面倒を伴う祭日、というイメージがあります。

 

そもそも、復活祭というものの日本人の認知度は果たしてどれくらいなのでしょう。神の子とはいえ、いったん十字架に掛けられて死んでしまったはずのキリストが、数日後に復活するという、見方によってはクリスマス以上に宗教色の濃いこの出来事を祝うのが復活祭なわけですが、復活の数日前にはキリストは新興宗教団体の主催者として十字架に掛けられ、脇腹を槍で突き刺され、しっかりと死刑が執行されているわけです。なのに生き返ることができたという、よくよく考えると相当えぐい話です。

 

私はカトリックの家に育っているので、日本でも幼い頃からこの復活祭の祭事には参加してきましたが、正直いつも内心では「いったん死んだのに生き返るなんて、正直オカルトだよな」という気持ちを抱きながら、教会の信者たちに配る大量のゆで卵に着彩していたのを思い出します。クリスマスの礼拝へ行く事は平気でも、復活祭の礼拝に行くことを友人に告げるのはどこか憚れていたのは、やはりこの祭事の異宗教感が強かったせいでしょう。

 

そもそも復活祭になぜタマゴなのかはここで説明すると長くなってしまいますが、まあタマゴやウサギは古代から豊穣のシンボルでもあり、ユダヤ教では新しい命を象徴するものなので、それが由来となっています。本来復活祭で配られるタマゴはキリストの血を象徴して赤く染められていなければならなかったのですが、今はそれがポピュラーに変化して、素敵な彩りのチョコレートになっている、というわけです。

 

image

欧米人から見れば、日本はキリスト教を国教にしている国のように見える!?

まあ、ざっとこんな内訳がイースターやイースター・エッグにはあるわけですが、この時期にタマゴのお菓子を売る日本のお店にとってはさほど重要なことではないのでしょう。

 

海外の宗教的祭事が普通に日常に浸透してしまうのも、日本が一定の宗教に拘束されていない為であり、自分たちと関係のない、信仰もしていない宗教の祭り事であろうと経済効果をもたらすならウェルカム、という姿勢です。それにしても、こんな国はどんなに世界広しといえども他にはあり得ないでしょう。そういえば青森にはキリストやモーゼのものと言われる墓がありますが、イタリアで「うちの村には、実はキリストの墓がある」なんて主張した日には社会を揺るがす大問題になってしまうこと必至です。

 

とはいえ、所詮人々が楽しめるのならなんでもいいじゃん、という捉え方は日本だからこそ叶うものであり、それはそれで多いにアリだとは思います。人々が楽しくなれる機会は人生で多い方が確かに良い。

 

ただし、クリスマスはケーキを食べてプレゼント交換する日、バレンタインデーは女性が男性にチョコレートを送る日(そのお返し日とされるホワイトデーというものは、日本のみの新習慣で欧米には存在しません)、ハロウィンはコスプレをして外に繰り出す日、イースターはタマゴのお菓子が出回る日、という以上の、できたら「もともと何の祭りなのか、何のために祝うのか」くらいの知識は頭に入れておくと良いかもしれませんね。

 

今の様子だと、日本を良く知らない欧米の人からして見れば、日本はまるでキリスト教を国教にしている国のように見えてしまうかもしれませんが、復活祭のタマゴ型菓子まで出た日には、もうキリスト教で他に商売に結びつけられる祭事が思い浮かびません。復活祭までの40日間肉を食べることを止める為のお祭りである謝肉祭(カーニバル)ですら、東京の浅草やその他の地域でも実施されているのですからね。

 

となると、今度はキリスト教以外の宗教の祭事にビジネスの感心が向けられたりするようになるのでしょうか。どうなんでしょう? イスラム教圏の断食月明け祭りやヒンドゥー教のホーリー祭りみたいなものが取り入れられたりするようになるんでしょうか。気になるところです。