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<この物語は、ある霊能力者をモチーフにして描かれたフィクションである。>

およそ5,000人ほどが暮らす小さな集落で、一年にも満たない間に9人もの自殺者がでた。それは真夜中の田舎道を列をなして歩く子どもたちの目撃談とあいまって、大人たちが声を顰める噂話として広がっていた。

奇妙なのは、たとえ真夜中であろうと注連縄まで張った儀式の痕跡から儀式自体の秘匿性は無いに等しく、加えて、どの墓前で行われたかも明白なわけで、そこから儀式を執り行ったであろう人物も特定されているはずだった。そんな疑問をぶつけると…

「そうよ。裏を打った人はわかっているの。去年の夏に一人娘を溺死させちゃった若い奥さんよ。さすがに表立って咎める人はいなかったけど…。どうやら、お譲ちゃんを亡くして少しおかしくなっちゃったらしくて、裏打ちすれば生き返ると思ったんじゃないかって」

「そんなことあるの?」

「あるわけないじゃない。でも、そんなことを吹き込んだ人がいたのかもね。だとしたら罪深いわよね。だって、それでなくてもノイローゼ気味だったらしいのよ…。事故以来すっかりおかしくなっちゃって、ほとんど外にも出られなくなってるってよ」

「そうなの、お気の毒ね」

「でも、なんでそんなことが気になるの? なにかあるわけ?」

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さすがに「スピーカー」の名は伊達じゃない。ただ聞かれるままに答えるのではなく、ちゃんと新たな情報を手に入れようとしてくる。

「別にそんなじゃないわ。気にしてるっていうより、聞いたことのない話だったから聞いてみただけよ」

「ホントぉ? ま、いいわ。そういうことにしといてあげる。わたし忙しいから切るね。また電話して。あっ、お父さんのこと気ぃ落とさないでね。みんな心配してるんだから」

忙しいのか一方的に切られたが、必要以上に追及されずに済んで内心ホッとしていた。

束の間の行楽

その日、明美は母の車を借りてドライブに出かけた。

人口50万の典型的な中規模地方都市・松山には、県庁を基点に東西南北に向かう四本の国道が走っている。国道は、それぞれに海沿いと山越えの上りと下りに分かれており、石槌山系を抜けて高知県へと南下する33号線を走った。といっても、ハンドルを握っているのは健作。言うまでもなくこの辺りの地理には明美の方が明るいのだが、致命的に方向音痴な母の車にはナビも付いていて、亜里沙を後部座席に座らせるとさっさと助手席に座りこんでしまった。

「で、どこへ行きたいのかな?」

驚くほどに温厚な健作は、結婚して以来大きな声一つ上げたことがない。今日も、いつものように勝手にドライブと決めておきながら、結局ナビを決め込んでしまった明美に抗議するでもなくハンドルを握っている。

「…うん。ちょっと待って…。これ、よくわからないのよね…」

使い慣れないナビほど厄介なものはない。目的地のカテゴライズもメーカーによって異なるし、何をどう入力すればいいんだか…あれやこれやしているだけでイライラしてくる。

「俺がやってやるよ。…で、どこ行きたいんだ?」

母の小さな車の真ん中に、手の平ほどのモニターが微かなモーター音と共にせり出してきた。健作は、同じく使い慣れているはずのないナビをたちまち起動させると、次から次へと地元の地図を開いては消している。

「え~と、お・も・ご・け・いって入れてみて」

「ん? …面河渓、これでいいのか?」

「そうそう。やっぱナビって賢いね」

「なに言ってんだよ。いくら賢かったって、使えなきゃ意味無いんだからな」

「はいはい。いいから出発しよ」

目的地は、清流と渓谷で有名な面河渓谷。そこは、西日本で最も険しいとされている石槌山系の最深部に位置する風光明美な渓谷で、この地方の小中学校の遠足ではお約束のコースであるとともに、秋の紅葉シーズンともなれば観光客がバスを連ねて訪れる県内有数の景勝地だ。

市街地は南に延びる傾向がある…とは誰が言ったものか…。ご多分に漏れず松山市もお城を望む南に向けて市街地と住宅街が大きく拓けている。現在では地下水流と化し雑木を中州に茂らせているが、その昔は暴れ川と呼ばれたらしい道後平野と名付けられた県内最大の扇状地を形作った重信川を越えると、途端に空気が張り詰めて来る。同じ市内でも、「重信川を越えると3℃は違う」と揶揄される、四国山脈が迫ってくる山裾の辺りを目指して走った。平坦だった国道が勾配をみせると、行く手は峠に差し掛かる。

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右に左にと幾つもの大きなカーブを曲がると、いつしか国道は峠の頂から高原盆地の街路に変わる。サマーシーズンには、市内外のラグビー合宿で賑わう小さな街並みを過ぎると『面河渓』の標識が現れた。国道を外れ、さらに険しい道のりを曲がりくねって走るとやがて辺りは燃えるような紅葉に包まれる。

辿り着いたそこは行き止まりの小さな駐車場。小雨でも降ったのだろう、アスファルトにはびっしりと落ち葉が敷き詰められ、晩秋を彩る紅いモザイク模様が目も眩むほど美しい。亜里沙の手を引き見上げた空の抜けるような青と、山肌を埋める紅に明美は心を奪われた。そうして明美は、小学校の遠足以来、久しぶりに見る燃えるような紅葉に、嬉々として辺りを小一時間も散策して車に戻った。

娘が継いだ因子

「なんだ、…寝ちゃったのか?」

ルームミラーで後部座席を窺った健作は、いつの間にか静かになった亜里沙の寝顔におしゃべりのトーンを落とした。

「そうね。結構歩いたし、疲れたんじゃない」

「そうだな。ところで、亜里沙は大丈夫なのか?」

「なにが?」

「なにがって…。夕べだっておかしかったじゃないか。気付いてないと思ってるかも知れないけど、これでも俺は父親だからな。亜里沙の様子がおかしいのを隠すように出て行ったことくらい知ってるんだぜ」

「…ごめん。そうよね、気付かないわけないよね」

「やっぱり、亜里沙もそうなのか? 見えたり聞こえたりするのか?」

「…多分…。でも、まだよくわからないのよ」

「そっか…。そうなると俺の出る幕じゃないな。結局は共有してやれない感覚だし、もしも亜里沙にそういう力があるんだとしたら、やっぱりおまえしか理解してやれないんだろうから…」

健作の横顔は少し寂しそうだ。

人はよく、この手の能力を「誰でも持っている力」などと気安く口にする。明美自身もそう思っているし、それなりの環境に身を置けば、その手の能力は開発されると信じている。結婚する前に健作に打ち明けたときも、「健作自身も持っているし、私と居ればきっと強くなるはず」などと、明美の特異な能力を否定することなく理解に努める健作を励ましたものだ。しかし一向に、健作にその手の能力が活性化する兆しは見られなかった。いつしか健作は、「たとえば自動車免許を持ってる人は無数にいるよな。でも、だからと言って誰もがF1のレースに出られるわけじゃない。要するに因子を有しているかどうかじゃなくて、因子の優位性が重要なんだよ」と、自身を慰めるように結論付けていた。

帰りは、かつてドライブインのあった峠の頂の辺りに車を止めて松山を遠望しながら休憩を取り、そこからしばらく走った辺りで国道をそれて古い遍路道を下るコースを取ることにした。

弘法大師を開祖とする四国八十八箇所巡りは現在も盛んで、四季を問わずお遍路さんが、全国各地からバスを連ねてやって来る。現在でこそ、大抵のお遍路さんは乗用車かバスで回るが、それでも中には歩き遍路と呼ばれる昔ながらの徒歩で訪ね歩く人もいる。そんな歩き遍路が踏み固めた杣道があちらこちらに残っていた。

子どもたちの列

休憩を終えて車に乗り込もうとすると、それまで黙っていた亜里沙が、

「パパは疲れてると思うから、今度はママが運転して。パパは後ろでゆっくりしててね」

とにこやかに、それまでの無口が嘘のようにはしゃぎながら助手席に乗り込んできた。

しかし、ほどなく車が国道を外れ人影も無い遍路道に差し掛かると、なぜか亜里沙はおどおどと落ち着きを失くしている。

すでに秋の陽は山端に傾き、辺りは闇に沈もうとしている。ヘッドライトの弱々しい光の束が、細かく上下しながら道路脇の草を舐めていく。何度もハンドルを切り急勾配の遍路道を下ると、やがてまばらな人家がちらほらと灯りを見せる集落が現れた。頼り無げなヘッドライトが『蛇の淵』と墨書きされた案内板を照らすのと同時に、明美は力任せにブレーキを踏んでいた。

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「どうしたっ!? なにかあったのか?」

後部座席から、眠れずに居た健作が身を乗り出さんばかりの勢いで声をかける。

「……」

「…なんだ、どうしたんだよ。明美!?」

曲がりくねった田舎道で突然踏まれたブレーキは、うたた寝を決め込もうとしていた健作を現実へと引き戻した。運転席の背もたれに頭をぶつけそうになった健作が、ヘッドレストに手をかけて運転席に座る明美を覗き込む。

「どうしたんだよ!? なにしてんだ、 大丈夫か?」

「……」

明美は、凝っと前方を見つめたまま答えようともしない。しばらくして気を取り直した明美が、隣でやはりフロントガラス越しに一点を見つめる亜里沙に気付いた。

「…亜里沙、大丈夫? どこも怪我してない?」

左手を伸ばし、助手席のシートで縮こまった亜里沙の手足を触ってみる…。どうやら、怪我はしていない。

そうしてやっと、身を乗り出してこちらを覗き見ている健作に気付いたのか、

「大丈夫よなにも起きないから…。もう居ないわ…行きましょ」

と、事も無げに言い放った。そんな精一杯の虚勢を張った明美の横で、亜里沙が無言で震えている。

「おい、亜里沙。大丈夫か? …明美、いったいなにがあったんだ? 亜里沙がヘンだぞ」

健作は、運転席と助手席の間から完全に身を乗り出し、震え続ける亜里沙を腕だけで抱き寄せている。

「…もう平気。…ちょっと妙なモノが見えただけ。可哀想に、亜里沙にも見えたんだわ。亜里沙…もう平気よ。もう居ないでしょ」

何に喩えればいいものか、人智の及ばぬ不思議な力を持つ母娘がそこに見たのは、真っ暗な道を列を成して歩く子どもたちの姿だった。最初は近所の子どもが歩いているのかと思ったが、見る間にソレは数を増やし、5~6人もの子どもたちが列を成して暗い道を横切り、さらに深い暗がりを作る谷川に消えて行く様子を見せつけられたのだ。人家もまばらな山道を、こんな時刻に子どもたちが歩いているはずが無い。

「ママ、…あの子たち歌ってた…」

車が再び走り出し、人家が建ち並んだ辺りまで来ると亜里沙が口を開いた。

「…そうね。もう大丈夫だから、忘れなさい。…お話しは後で…お家に帰ってからね」

「なんだ? 子ども?」

「ごめんねパパ。もう、大丈夫だから。…亜里沙も、ちょっとびっくりしちゃっただけだから。大丈夫、安心して」

「大丈夫って明美。…この状況で安心しろってのは無茶だぞ。

……ま、いいか、俺の大切な亜里沙ちゃんは無事なわけだし、これ以上ママを責めるのはよそうな。はい、ママは気を取り直して安全運転してね」

こういうときの健作には助けられる。こんな異常な状況下でも、必要とあれば適当に茶化してくれる逞しさに、普段は感じられない男を思い知らされたような気がした。

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それにしても、あの一休みしたドライブイン跡で、それまで運転していた健作に交代するよう告げた亜里沙の真意は…。確証が有ってのことではなかっただろうが、何か只ならぬ異変を察知していたに違いない。そんな風に、思い願うことも無く何かを感知してしまう能力を亜里沙が有していることを知り、明美は少し、愛娘の将来を悲観した。

 

第一章『黄泉戸喫』終わり
第二章『黒玉』に続く

邪気払い

物語のなかの親子のように、霊や邪気に遭遇してしまったとき、どのように対処すればいいのか。以前、当コラムに書いたように、真印さんは日常的には煙草を使う。そのほかにも清め塩や写経、真言を唱えるなどの方法があるというが、真印さん曰く「じつは、もっとも大切で、日常的で、簡単な方法がある」という。それは……。「掃除です。なぜなら邪気は、片付いていない汚れた場所に集まるからです。加えて規則正しい生活を送るよう心がけましょう。不規則な暮らしには、邪気の入り込む隙間が生まれてしまいます」(真印さん)。
さらに重篤な状態に陥ってしまった場合、真印さんは「お気に入りのパワースポットに足を運び、心身の〝浄化〟と、活力の〝充填〟を図ります」という。

SILVA真印オフィシャルサイト

著者プロフィール

那知慧太(Keita Nachi)愛媛県松山市出身 1959年生まれ

フリーライターを経てアーティストの発掘・育成、及び音楽番組を企画・制作するなど、東京でのプロデュース活動を主とする。現在は愛媛県に在住しながら取材・執筆活動に勤しむ。『巳午』を処女作とする。