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<この物語は、ある霊能力者をモチーフにして描かれたフィクションである。>

健作の勤めるオフィスには、もう何度も足を運んでいる。ごった返した渋谷の、どの角を曲がれば具合が良いか間違うことなく行き着ける。

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言葉こそ交わして無いが、これまでも明美は、訪ねる度にそれとなく健作の意識をそっとサーチしてみている。しかし、結局なにを考えているのかわからないままでいた。そんな健作と、今日は面と向かって言葉を交わす絶好の機会…のはずだ。

打ち明けた秘密

「いつもお世話になってま~す」

振り返った健作の目が笑っていた。

案の定、オフィスには健作以外は誰も居ない…ことは、…今朝見たビジョンで明美はすでに知っている。

「今回はお疲れ様でした。おかげさまで、無事プレゼンが終わりました」

と言っても、まだ新人の明美はプレゼンに同行させてもらえていない。健作のオフィスと明美のオフィスが総がかりで取り組んだプレゼンだったが、資料の受け渡ししかさせてもらえていない明美には、果たして健作がどのくらい絡んでいたのかわからなかった。そんな後ろめたさからか、当たり前の挨拶さえぎこちなくなりがちな弱気を隠そうと、日頃から先輩たちがする、この業界お約束の当たり障りのないセリフを口にした。

「残念ながら、俺も連れて行ってもらえなかったよ。でも、上手くいったみたいじゃん。ま、結果は後日…ってやつだし、それまでは取ったつもりでいられるんじゃない」

「…でも印南さんは、作り物とかさせてもらえたんでしょう?」

「そんなわけないじゃん。せいぜい切り張りした程度だよ。そんなことより、斉藤さんは戻らなきゃいけないの? ご飯でもしない?」

「…そうですね。お腹も空いてるし、なにか食べに行きましょうか」

資料を届けてしまえば帰っていいと言われていたし、今からオフィスに戻っても、もう誰も居ない。

「美味しいピザを食べよう」と連れて行かれたのは、明治通りを恵比寿に向かって少し歩いた並木橋近くのトラットリア。健作は、安くて大盛りが評判のこの店に時々来るらしい。

「でも本当は、週末とか仲間と海に行った日は、自由ヶ丘にあるバーに行くんだ。そこのピザが一番好きだな…」

聞いてもないのに、どれだけ自分がピザ好きで、自由ヶ丘で食べるピザがどんなに旨いかを滔々としゃべっている。わかりもしない話に頷きながら、明美は、健作が足しげく海に通っているという事実に『海辺を駆けるビジョンは間違ってなかった』と満足した。

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初めて二人でするおしゃべりは思いのほか弾み、仕事のことから郷里・松山と東京のギャップまであれやこれやと、よほど親しくない限り話さないようなことまで抵抗無く話せて明美は少なからず驚いた。その夜は、食事を済ませてから渋谷まで歩いて別れたが、いつしか二人は時間を合わせては食事を楽しむ間柄へと発展していった。

そうして半年が過ぎる頃には、互いの友人に紹介し、なんとなく付き合っているようないないような…不思議な関係になっていた。その間も、明美は何度も健作の意識を探ってみるのだが、いつも他愛も無いイメージばかりが映し出され、がっかりするやらホッとするやらなんとも歯がゆい状態が続いた。

出会って一年になろうとしたある日、「一年間続いた友情をステージアップさせたい」と、改めて健作に提案された。そしてその夜、明美はこれまで親友と呼び合う友人にも明かしたことの無かった斉藤の家に纏わる忌まわしい血の秘密を口にした。

『もしかしたらこれで終わるかもしれない』と思い悩んだ末に打ち明けた秘密に健作は…。

「へぇ、なんか面白れぇ。すごいじゃん」

と、がっかりするほど安易な反応を示した。

そんな健作の意識からは、明美が特異な能力者であることを知った上でもなんらの警戒心も必要以上の好奇心も感じられず、ただ子どものように驚いているだけだと知り、なんとも言えない安心感に包まれた。

以来健作は、持ち前のロジカルな性分を発揮して、ともすれば曖昧なまま終らせがちだった明美のリーディングに的確な疑問をぶつけてくれる貴重な存在となった。

そうして、それまでは「スピリチュアル」でひとくくりにしてきた事々を、より明解にしようとする作業を手伝ってくれるパートナーとなり、やがて二人は将来を語り合う仲になっていた。

上塗りされた朱

「お義父さん、ひとつお訊ねしたいことがあるんですけど…」

さっきまで素知らぬ顔でテレビを見ていた健作が声を改めた。こういうとき健作はかなり的を得た発言をする。

「その石、ちょっと妙じゃありません?」

「…う~ん、それが問題なんだろう」

「いえ、そうじゃなくて。明美の言うとおりだとしたら…。それはもう、僕なんかじゃ確かめようも無い話で言われるままに信じるしかないんですが…。僕が言いたいのはそういうことじゃなくて、明美はまだ気付いてないみたいだけれど、その石って黒じゃないですよねぇ。なにか表面に、恐らくは赤い染料かなにかを塗ってません?」

「えっ? 本当?」

なかなか結論を口にしない健作に少しイラついていた明美が、思わずソファーから立ち上がり石を手にした父親に詰め寄った。

「…さすがだな。やはりデザイナーってのは色とかに詳しいんだな。…明美、オマエ良い旦那さん見付けたな。確かに、健作君の言う通りこの石は染色されている。それも多分、赤だな。…ほら、こうして見てごらん。お父さんも気付かなかったけれど、こうやって明かりにかざして角度を変えると、表面に微妙な塗りムラがあるのがわかる…」

そう言って父は、明美の目の前で微妙に石の角度を変えてみせた。

「…本当…。知らなかった…。本当だ、なにか塗ってある。黒く見えるけど…黒じゃなかったんだ」

「いや、間違いなく本来は黒い石だ。それはそうなんだが…。恐らくは那智黒。和歌山県の那智地方で採れる石で…よく碁石に使われる石だ。しかし表面には、確かに赤い染料が塗ってある」

「それって、どういう事なの?」

「…さっきも言ったように、この石がどこから出てきたかもわからないまま軽率なことは言えんが…赤には意味がある。多分この赤は朱じゃろう。お前たちが知ってる染料とは違う、朱…もしかすると丹が塗ってあるのかも知れんな」

「なに?そのニ(丹)って?」

「辰砂。…わかりやすく言えば、硫黄と水銀の化合物だ」

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「パパ、わからないわよ」

「ま、辰砂がなにかなんてことはいい。…そんなものは、後でおまえたちが調べなさい。それより、この石に朱が塗られているということが面白い」

「…どう言うこと?」

「辰砂だったり違ったり、…染料の種類は時代によって変わってくるが、太古より赤は神聖な色とされてきた。穢れを払うとか、禍を封じ込めるとかな。後期の北京原人は、死んだか殺してしまった者を埋葬する際に遺体の周囲に朱を撒いたし、その後も埋葬に赤は欠かせないものだった。そしてそれは、どうやら亡骸を守るというよりも封じ込めるという意味合いが強かったんじゃないかと思う」

黒玉の履歴

「まてよ。…明美…もしかすると、そいつになにかが封じ込められてるのか?」

興奮しているのだろう。俄然興味を掻き立てられた健作の声が、妙なイントネーションになっている。

「…知らないわよ。それにしてもパパ、でもこの石から嫌なバイブレーションなんて感じたことないわよ」

「ま、これは仮説の上に立てた推測でしかないからな。…ただ、おまえがこの石から読み取ったというビジョンが本当にこの石から得たものだとしたら、こいつは多分…陰陽師のような術者が用いた神器というかある種の道具だろうな」

「道具? 神器って? あの、三種の神器みたいなもの?」

「いや、違う。三種の神器とはまったく意味が違う。正確に言えば、それを指す言葉はまだ定義されてない。…お父さんは、貴重な道具と言う意味で神器と言っただけだ」

「じゃぁなんなの」

「…そうだな。仮に、お父さんの言う陰陽師を、祭祀を司る者とするならば祭器とでも言うか…。要するに、ある種の術者が儀式を執り行うために必要とした道具…秘具とでも言った方がいいかな…」

「術者って陰陽師とか仙人とかって人たちのこと?」

「いや。イメージで言うなら、…卑弥呼なんてのがわかりやすいだろぅ。支配とまで言うと違ってくるが、人と人が暮らしていく上で欠かすことのできない秩序ってのがある。ま、平たく言えば決まりごと…ルールだな。生物の場合は、それが弱肉強食なわけだ。それを、まだ文明が発達してない頃に平和的に整えようとすれば言葉かな…。そして言葉に、コミュニケーションの道具以上の力を持たせようとすれば、そこには人智を超えた根拠が求められる…。また、人の力では到底かなわない…抗いようのない天災とか病とか死に対しても効力のある力が必要になる…。それが、咒いとか占いだったりしたんじゃないかとお父さんは思うがな…」

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「シャーマンとかメディスンマンとかって呼ばれる存在ですか?」

「そう。まだ人間が文明と呼べるものを持っていなかった時代、自然界に存在するありとあらゆるものが脅威だった時代…。人は、そんな森羅万象から、自分たちには無い不思議の力を得ようとしたんだと思う」

「では、…明美や、明美のおばあさんやひいおばあさんも、お義父さんのいうシャーマンとかメディスンマンといった存在だということですか」

「…と言って良いとは思うが、断定するのは難しいな。健作君がイメージしているシャーマンとかメディスンマンと呼ばれる者は、おそらくは遺伝子的に有する稀なポテンシャルに加えて、代々継承されてきた秘術・儀式といった何通りもの法則に加えて、ある種のサボテンだのキノコだのといったマジカルスイッチを用いるから…。そういった意味では、明美たちとは違うだろうな。あえて言うなら、…秘儀を継承し続けるという意味では僧侶とか神官だろう」

「では、イタコとかユタといった人たちは違うんですか?」

「いや、正直言って彼らのことはよくわからない。ただ知る限りでは、彼らは彼らなりの儀式と言うか法則に則って祈祷するようだし、その意味ではシャーマンに違いないと思う。お父さんが考えているのは、おまえやばあさんが何者なのかということだ」

「近頃は、明美のような人間を『スピリチュアルカウンセラー』って言うんですって」

「ほぅ、また洒落た名前じゃな。よかったな明美、おしゃれな呼び方してもらえて」

「そうやって、すぐ茶化す…。娘のことなんだから、ちゃんと考えてよ」

果たして、斎藤改め印南明美という人間が何者なのか? これこそは、明美はいうまでもなく健作にとっても決して他人事ではないテーマであり、そのことについて、曲がりなりにもアカデミズムに立脚した考察を父から聞くこのひと時こそが、明美たち夫婦にとって何よりも楽しい時間だった。

パワーストーン2

真印さんは、パワーストーンを「虫メガネのレンズのようなもの」とも、考えている。「宇宙や高い次元から、万物に平等に降り注いでいるエネルギーを〝パワーストーン〟はレンズのように、石の持ち主に凝縮して注ぎ込んでくれるんです」(真印さん)。またパワーストーンの中には、古代より伝わる鏡やクルスのように、持ち主に忍び寄る邪気から守ってくれるものも有る、とも。一方で、そんな貴重な石を所有する際には注意しなくてはいけないこともある。「肝心なのは、愛情を注ぐこと」と真印さん。この連載の2話前「黒玉1」のコラムでも紹介した高知県の『ゴトゴト石』のように、石には他者と交信したり、記憶する力もあるというのだ。「つまり、所有者からの愛情を記憶した石と、邪な感情を記憶した石とでは、おのずと力の作用が変わってくるのです」(真印さん)。

SILVA真印オフィシャルサイト

著者プロフィール

那知慧太(Keita Nachi)愛媛県松山市出身 1959年生まれ

フリーライターを経てアーティストの発掘・育成、及び音楽番組を企画・制作するなど、東京でのプロデュース活動を主とする。現在は愛媛県に在住しながら取材・執筆活動に勤しむ。『巳午』を処女作とする。