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<この物語は、ある霊能力者をモチーフにして描かれたフィクションである。>

久しぶりのランチデートを終え家に戻ると、慌しく車で行くとだけ伝えて飛び出して行った明美が健作を連れて戻ったことに母は驚いたが、それでも「ご飯の作り甲斐があるわ」と言い残して夕飯の買い出しに出掛けた。

その夜、母が腕によりを掛けて作ってくれた夕飯を終えた明美は、そのままダイニングテーブルを挟んで座る母を前に、どうして明美が松山に残っているのか話し始めた。

「お母さん。色々大変だったし、その後も私一人がこっちに残ったりして心配かけたわよね。今日までなにも説明しなくてごめんね」

「いいのよ。…明美は明美で、思うところがあったんでしょ。ま、心配しなかったかって言えば嘘になるけれど…。ちゃんと話してくれると思っていたし、こうやって健作さんと二人で話してくれれば母さんも安心するわ」

まだ何も話していないし、何一つ疑問は解消していないのだけれど、この…とにもかくにも理解を示そうとする優しい母は、こうして母娘が語り合うことで、すでに許そうとしている。

「まずは、お母さん。私が普通じゃないってことはわかってるよね」

「…そうね。もしかしてあなた、母さんがそのことで悩んでるとか思ってるんじゃないでしょうね」

なんでも丸く治めようとしがちな優しい母が、いつになく真剣な顔で話し始めた。

若き日の母の覚悟

「確かに母さんは普通の人間よ。夜中になにかが見えたり聞こえたりなんてしたこと無いわ。正直気持ち悪かったし、悩んだ時期もあったわ。でもそれは、間違ってもあなたのことでじゃないの。考えてもご覧なさい。母さんがお嫁に来たときは、まだお義母さんもお義祖母ちゃんも元気だったのよ。びっくりしたわよ。お父さんからは聞いていたけれど、そんなもの見たことないもの。知らない人が訪ねてきたかと思えば、立派な背広を着た男の人が泣き出したり、子どももいる女性が獣のような声で喚きだしたりするんだから…。どれほど驚いたかわからないでしょうね」

かつて士族を名乗った家に生まれ、何不自由無く育った歳若い嫁にとって、婚家で目にする光景は驚きの連続だったに違いない。

「お父さんは隠してたけど、お父さんにもお義母さんと同じような力があったみたいだし…。だとしたら、あなたたちにも同じような力があるんじゃないかなって、あなたが生まれる時も考えたけれど、そのころにはもう悩むことはなかったわ。だって、嫁いで以来、毎日のように目にするんだもの。悩んでみたところでどうしようもないのよね。生まないなんて選択肢は無いんだから。ましてや、生まれてくる子どもに、どんな力が授かっていようといまいと、そんなことは関係ないのよ。生まれてきた子がどんなだろうが、みんな可愛いのよ」

なるほど、それがコノ世ならぬモノが跋扈し、それを退散せしめる術者が暮らすこの家に嫁いで来た女の覚悟なのだと改めて思い知らされた。

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「ありがとう。そんな風に言われると…嬉し過ぎて悲しくなっちゃうな。でも、確かにその通りよね。お母さんも大変だったんだろうなぁって思うわ」

「そうよ。あなたたちが思ってる以上に大変だったわよ。だって、嫁いだ先のお義母さんが、お客さんの前で飛び上がったり妙なことを口走ったりするんだもの…。想像してごらんなさい。母さんが、どんなに驚いたかわかる?」

途中から母は笑っていた。そうして、笑ってくれることが明美の悩みを軽くした。

「そのうち、お父さんが妙なこと言い出すし…」

「妙なことって?」

「『どうやら、明美が継いでるみたいだ』って。その頃から、夜泣きとかヘンなことがあったけれど、こうして大きくなってみるとよくわかるわ。…健作さんも大変だったでしょ」

それまで母娘の会話を聞いていただけの健作にパスが回ってきた。

「えっ…そんなことないですよ。…出会った頃の明美は、普通の女性でしたから…」

「フツウって、なに???」

「ま、確かに他の女の子と違って、霊感というか勘が鋭いな…みたいな感じはありましたけど、それ以外はノーマルでしたから」

「そうじゃなきゃ、一緒になんかならないわよね。それと、ノーマルとフツウは一緒よ」

聞かされている本人にしてみればちょっと複雑だ。決してけなされているわけじゃないけれど、なんだか失礼なことを言われているようで…。そんな話で、実の母親と夫が笑っているのを見るのは妙な気分だった。

娘の告白

「ちょっと待ってお母さん、まさか私が健作に結婚してもらえてありがたい、みたいなこと考えてたわけ? 冗談じゃないわよ。私は、健作さんが結婚してくれって言うからしたのよ」

「まぁまぁ。でも、お義母さんそんなことないですよ。僕はコレでも、明美の特殊な才能を理解しているつもりだし、できればソレを、もっと確かめさせてやりたいって考えているんです」

「本当、良いだんなさん見つけたわね。感謝しなさいよ、健作さんに」

「ま、いいわ。はいはい、感謝してるわよ。これでいいんでしょ。…ところで、そろそろ本題に入っていい? まずは、…お葬式からこっち、最初は遺品の整理なんて言って、なんとなく居着いちゃったけど、それは大丈夫?」

「なによ、なにを聞いていたわけ? あなたが、こっちで暮らすこと? 心配してるわよ。あんたが、健作さんと喧嘩したんじゃないかとか…。ま、そんなじゃないみたいでひとまず安心してるけど、でも亜里沙ちゃんだっていつまでも放っておけないでしょう…」

「大丈夫、健作も亜里沙も放っておくつもりなんてないわよ。それどころか、早く一緒に暮らしたいと思ってるわ。でも、今は大切な時なのよ。うまく言えないけれど、お母さんも言ってくれたように、確かに私にはおばあちゃんと同じような力があるみたいなの。厳密に言えば、おばあちゃんとも違うけれど…。でも、普通の人が見えないものが見えたり聞こえたりするの。で、それはもうずっと以前からだし、東京でも、今お母さんが見てるように…昔、おばあちゃんがやっていたようなことやってるんだけど…」

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「えっ、向こうでも同じことしてるの? 健作さん、それでいいの? 亜里沙ちゃんは?」

「あっお義母さん、誤解しないでくださいね。やってるったって、それは昼間の誰も居ない時間に、訪ねてくる人の相談に乗ってあげてる…くらいのことですから。それに、…なんだか亜里沙も明美と同じみたいで…。今回、僕が来たのも亜里沙に行けって言われたからなんです。だから、僕らのことは心配していただかなくても大丈夫です」

「そうなの…亜里沙がそんなこと言ったの。でも、身体とか平気なの? なにか妙なことになったりするんじゃないの?」

それでも娘が可愛いと言ってくれる母の、突き詰めたところの心配は身体の事だった。

「そう言えば、この前美由紀が妙なこと言ってたけど大丈夫なの? 美由紀になにかあったの?」

「美由紀ちゃんに、なにかあったのか?」

口では平気だなどと言っているが、健作は健作で心配していた。

「う~ん、なんて言ったらいいかな…。…そっか、やめた。…全部そのまま話すね。突っ込みたいところとか、納得のいかないところとかあると思うけど、信じるか信じないかは別として、聞くだけ聞いてね」

と明美は、この間に起きたことを話し始めた。

「まず最初に、美由紀は大丈夫よ。平気だから安心して。…この前来た相談者から、引き剥がしたモノの一部が座敷の隅っこに隠れていたみたいで、ソレが美由紀の中に逃げ込もうとしただけ。すぐに美由紀からは引き剥がしたし、今後は気をつけるから大丈夫。

それと、お葬式も終わったのに残ってるわけは…色々と調べ物をしたいからなの。パパの遺品の中には、私が知りたいことのヒントがたくさんあるの。それと、健作が言ってくれたように、おばあちゃんたちと同じようなことを私も東京でやってるんだけど、この家だとすごくやりやすいのよね。どう言えばわかってもらえるかなぁ…。あの神棚の間だと、なんだか力が増幅するみたい」

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掻い摘んでではあるが、それでも明美は正直に話した。

「よくわからないけれど…。俺もお義母さんも、明美の力のことは知ってるし、だから今言ったことは本当なんだと思うしかないよな。でも、だとしたらどうするんだ? こっちの方が楽だからって、亜里沙や俺もこっちで暮らすのか?」

「そうよ。そりゃあ健作さんには仕事もあるし心配よ。それに、亜里沙だって学校があるでしょう…」

「大丈夫。そういうこと考えてるわけじゃないの。そりゃあ、時々はこっちに帰ってくることになるんじゃないかって思うけど、あくまでも生活の場は東京。健作の仕事や亜里沙の学校のこともあるし…。そんなことより、今はちょっと複雑なのよ」

「なにがどう複雑なんだよ」

常に優しい健作が少し真剣な話し方をすると、東京人のイントネーションで標準語を使うと、聞き慣れない者には怒っているような印象を与えたりする。

「そうね…。まずは、お母さんも耳にしてるとは思うけれど、昨年末辺りから噂されている怪奇現象と連続する不幸な事故には、なにがしかの因果関係があるってこと。それに、もしかすると、パパ(の死)にも関係してるかも知れないって思うの」

「えっ? どういうこと?」

当たり前だが、母が食いついた。夫の死因に関係するとあっては他人事ではない。

父の死の真相

「待って、もう少し聞いて。…とは言ってもまだ確証があるわけじゃないの。ただ、パパと親しかった西村のおじちゃんの死には、どうやら噂の怪奇現象が関わっているみたいなのよね。それに、まだお母さんには言ってなかったけれど、私たち…私と亜里沙は、お葬式の後に、この前自殺のあった川床の辺りで、子どもたちの霊を見てるのよ。だから、あの噂は本当。本当に、子どもたちの霊が彷徨ってるわ。ただ、それと事件がどう関係あるかは別。だから私はこの噂の真相を突き止めたいし、パパの死と関係があるのかないのか確かめないわけにはいかないの。そしてなにより、そんなことを調べるうちに、私が何者かわかりかけてきたってこと。これが重要なのよ。わかるわよね、健作には」

「ま、俺はわかってるつもりだけど…。亜里沙はもっと理解しているみたいだぜ」

「お母さん、信じられないでしょうけど…。私、先日おばあちゃんとひいおばあちゃんと話したの。それも、まだ元気な頃の…。私はもう生まれていたみたいだから、そのときはお母さんも居たのよ。すごいでしょ」

と、あの日見た祖母と曾祖母のリーディングの様子や、その後、二人が明美を前にして語った言葉を二人に伝えた。

「…まだあなたが赤ん坊だった頃のことだけれど、普段は無口なお義母さんとお義祖母さんが、寝ているあなたを覗き込んで『この子は面白い』とか『見守っておあげ』なんて言われたことがあったわね。でも、本当にそんなことがあるの?」

「わからないわ、私にも…。ただ、夢なんかじゃないことは私が一番良くわかってる。じゃ、なにか? って聞かれると困るけれど、とにかく私が困っていることがあるとヒントみたいなものを見せてくれるのよ。単なる偶然とは思えないわ。それに聞いて、私、自分の前世を見たのよ。おばあちゃんたちじゃなくてよ健作、…どうやら私、その昔は奈良に居たみたいなの。ねぇ亜里沙と三人で行ったでしょ三輪山。私、あそこに居たのよ」

「なに言ってるんだよ。居たかも…じゃなくて居たって? まるで見てきたようなこと言ってんな」

「ふふふふ…、見てきたのよね~。現代の私じゃない、もっと古い時代の私が居たのよ。彼女…あ、彼女じゃないわ、その時代の私は男…」

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それから語った昨夜までの出来事は、祖母と曾祖母のリーディングに始まり、父の背中で聞いた話から〈口の大きな男〉との出会いまで、二人はおろか明美自身にも容易には信じられなかったことの連続だった。そして、一連の出来事を語り終えた明美に、

「…なんだかすごい経験しちゃったみたいだな。でも、大丈夫なのか?」

と、東京から駆けつけた健作が妻の身を案じる。

「私? 私は平気よ。確かに凄い経験ばかりだけど、どれも私なりに納得の行くことだし…。なにより私が求めていたことを、次から次へと、まるで謎解きをしてくれるように見せてくれるのよね」

「そんなことより、あなたと亜里沙は大丈夫なの? あの気持ち悪い噂の…子どもたちの霊を見たんでしょ? 見た人は不幸に見舞われるって言うし、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫。私は平気よ」

「じゃあ、あなたが言ってた、お父さんの死との関係はわかったの?」

「ううん。正直言って、まだお母さんに報告できるような事はなにもわかってないの。でも、もう少し調べれば、きっとなにかわかると思うのよ。…だから私、もう少しこっちに残っていたいのよね。いいでしょ?」

「いいでしょ? って、…それは健作さんに聞いてみなきゃいけないんじゃない?」

「どう、アナタ?」

「どうって、…明美はもう決めてるんだろ。それに、夕べ亜里沙から聞かされたよ。ママがこっちで大変だから助けに行ってあげてってさ。だから、俺たちは平気だよ。気が済むまでお義父さんのこと調べてみなよ。ね、お義母さん、かまわないですよね?」

「まぁ、健作さんがいいっていうんなら、こっちは問題ないわよ。明美が居るのはなにも問題無いんだし…。わかったわ…。あ、そうだ、そんなことより、もしもまたお父さんとお話しができたら、お母さんにも教えてね」

こんな風に、母はいつも娘が告白すると物分かりがよくなる。

母は、信じたがる人だった。そして同時に、真実を恐れる人でもあった。

古鏡

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洋の東西を問わず、古来、鏡は特別な力を持つ道具として扱われてきた。ギリシア神話においても、ペルセウスが蛇の化身・メドゥーサを退治する際には鏡のように磨き上げた盾を使い、オルフェは鏡の中を突き抜けることにより生と死の世界を行き来する。日本においても「三種の神器」の一つに数えられ、現代でも神社などに見ることができる。真印さんのリーディングルームにも一つ、とある古墳より出土した舶載鏡のレプリカが飾られているが……。「この鏡が来て以来リーディングが楽になったの。5番目のチャクラが開くのがわかるわ」と真印さんは語る。5番目のチャクラ――それは、交感神経と副交感神経の交わるところと言われている。「だからある種の鏡には、自律神経を整え、感情や思いを表現する能力を増幅させる力があるんです。鏡は身内を照らす光。お手持ちの鏡も曇らせてちゃだめですよ」(真印さん)。

SILVA真印オフィシャルサイト

著者プロフィール

那知慧太(Keita Nachi)愛媛県松山市出身 1959年生まれ

フリーライターを経てアーティストの発掘・育成、及び音楽番組を企画・制作するなど、東京でのプロデュース活動を主とする。現在は愛媛県に在住しながら取材・執筆活動に勤しむ。『巳午』を処女作とする。