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それぞれの2年目 #4「誰のための町づくりなのか」:千葉拓(27)さん

■被災ギターで自作の歌を奏でる漁師

image<誰も住まない場所に灰色の壁 いったい何を守るんだろう>(防潮堤の歌)

ギターを奏でながら自作の曲を歌うのは千葉拓(27)さん。前回紹介した牡蠣養殖業の千葉正海(56)さんの長男で、南三陸町歌津伊里前で一番若い漁師だ。我が子のように大切に抱えているギターは、津波で流され瓦礫から奇跡的に見つかった2006年製ギブソンJ45。ボランティアの紹介で繋がった千葉県のギター職人が一年をかけ、無償で修理してくれた。

「写真を撮られるのは、あまり慣れてないんで…」

拓さんは、レンズを向けると、照れてサッと横を向いてしまう。元ラガーマンで豪快な親父さんとは、だいぶ印象が異なる若者だ。言葉にもほとんど訛りがなく、いつも控えめに丁寧に話をしてくれる。私が勝手に想像する荒々しい「海の男」というイメージからは、かけ離れていた。

実際、拓さんは高校卒業後、故郷を離れ、仙台で介護士の仕事をしていた。牡蠣養殖の家業を継ごうと思ったのは、震災の3年前だった。

「ある日、休日にサーフィンをやっていて、高い波に飲まれて死にそうになったんです。その時、漁師の息子として親しんできた海と久しぶりに対話した気がしました。そしてなぜか、田舎に帰って漁師になろうと決心したんです」

伊里前に戻り、中学校の同級生だった良子(27)さんと結婚。長女、彩音(2)ちゃんを授かった。親父さんに弟子入りし、どうにか漁師の仕事を覚え、自分が育てた牡蠣を初めて収穫する時に、大津波がやってきた。

■誰のための町づくりなのか

imageそんな拓さんが、今、訴えているのが、「スーパー防潮堤建設の見直し案」である。

「建設の計画を知ったのは、去年の11月。我々、住民には何の相談もなく、勝手に予算が組まれ、南三陸町の湾には、一律に8.7メートルのスーパー防潮堤を作ると、一方的に通告してきたんです。シロウオや鮭が遡上する伊里前川もコンクリートの壁に囲まれてしまう。既に我々の居住地は高台へ移転することが決まっているのに、なぜそんな大きな防潮堤を作るのかと…」

この話題になると、拓さんは親父さん譲りの大声になる。

「工事には少なくとも3〜5年はかかる。景観が損なわれるのはもちろん、スーパー防潮堤建設によって、海の生態系がかわり、町の産業基盤である牡蠣やワカメの養殖に影響を及ぼす可能性も深刻です。住人同士が話し合う時間もとらず、何の調査もせずに、一方的に防潮堤を作るなんて、許せるはずがない。いったい誰のための町づくりなのか」

父、正海さんによると、1960年に起きたチリ地震後も、同じように行政主導のもと、護岸工事が急ピッチで進められたという。その結果、潮の流れが変わり、天然の海苔が壊滅するなどの様々な弊害が起きた。

「たとえ8.7メートルの防潮堤があっても東日本大震災規模の津波は防げない。防潮堤が逆に津波を遡上させる危険性もあります。リアス式海岸は、近くに海を見下ろす高台がある地形。だから防潮堤よりもむしろ避難道を整備してほしいと、町に陳情書を提出したんです」

岩手県宮古市田老地区にあった10メートルのスーパー防潮堤は、今回の津波により一瞬にして崩壊し、500名以上の死者・行方不明者を出した。海が見えないまま津波がいきなり防潮堤を越えてきたのだ。見えない海や立派な堤防の存在が、住民に”間違った安心感”を与えてしまい、逃げ後れた可能性が指摘されている。自然の脅威の前に万全はない。津波が来たら、自分の命は自分で守るという「てんでこの教え」に従い、とにかく高台に逃げるしかないのだ。

image「風が吹けば波が立つように、今回の津波は地球の地殻活動が原因で起こったもの。『海が悪い』のではなく、海はただ『そこにある』だけだ。南三陸町の子供たちに対しても、海を観て遊び、『良さ・怖さ、海の全てを受け入れる』教育環境を整えるべきだと思う。海を隔て、ただ恐れるのでは、次の世代が育たず、ますます過疎化が進み、町自体の魅力をも失ってしまう」

漁師たちは、自然の力に逆らう事なく、海と共に生きてきた。そんな彼らの意見を全く聞かずに、行政主導で町づくりが始まろうとしているのだ。

「海から蒸発した水が雲となり、山に雨となって降り落ちて、森の恵みを川や海に運ぶ。我々はその流れをできる限り保全し、もっと豊かに向上させなければいけないんです」

灰色の大きな壁は、人と海との対話を遮断するばかりか、大きな自然の流れをも変えてしまう可能性があるのだ。そして、拓さんは、こう歌う。

<コンクリート工事の水が  川と海の恵みを奪わないと誰が言えるんだろう
 そんなものを見に誰が来るんだろう  この町の未来はどうなるんだろう
 子どもたちに何を残せるんだろう>(防潮堤の歌)

「次の世代に、子どもたちに、誇りを持って、伝えたいんですよ。海の怖さ、素晴らしさ、この地の豊かな自然をね」
夜が深まり、酒が入ると、拓さんは、まるで親父さんのように熱く語ってくれた。
この地の未来を切り開こうとするホンモノの「海の男」がそこにはいた。

拓さんは三月中旬に専門家の協力で伊里前河川・河口部の生態調査を行い、海の環境データとともに、さらに行政に働きかける予定だという。しかし、行政からの事業計画書によると、伊里前漁港は2013年3月中に策定予定、そして4月には着工予定とある。

私は微力ながらここに記事を書き、写真と共に拓さんの歌を紹介し、エールを送りたいと思う。がんばれ、拓さん!

写真・文 シギー吉田

 

■防潮堤の歌

【動画】http://youtu.be/pA8_2H-VbAs

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