わが家のある里山は、緑萌ゆるこの季節が一年の中でも一番命が溢れています。
鮮やかな草花の色を眺めながら鳥たちの上手な歌を聴いていると、ここは楽園ではないかと思えてくるほどです。
このシーズンは、鳥たちの声と同じくらいハチたちの羽音も元気です。菜園で咲いているお花や里山に自生している藤の花にミツバチやマルバチが来てくれるのですが、ブンブンと鳴る羽音はなんとも愛らしく、聴いているとぷぷっと思わず笑ってしまいます。
せっせと忙しそうに働いている姿もまた健気で、彼らの動きがあまりにも可愛くて夢中になって目で追っているうちにあっという間に時間が経ってしまいます。
木々、草花、虫たち、鳥たちなどのあらゆる命が花開いて、美しい色や音で創られるこの世界は平和そのもので、これ以上のしあわせを見つけることがわたしにはできません。そんな幸福感・多幸感に包まれている真っただ中、九州で養蜂をしている友人から悲しい知らせが届きました。
「わが家からミツバチがいなくなりました。近辺の養蜂家に尋ねても、全滅の話しか聞かれません。養蜂のために用意していた蜜源の菜の花畑がシーンとしています。例年、やかましいほど蜜や花粉を採取していた姿が消えました。20年養蜂をしていますがこんな異変は初めてです。80箱の巣箱が空き家になってしまいました。残念な事態です」
同じタイミングで似たような報告が養蜂に関わる友人たちから次々と入ってきたので、同時多発的に日本中でミツバチが忽然と消えてしまっている非常事態が起きていることを肌で実感しました。世界中でミツバチが大量失踪していることが騒がれて久しくなりますが、フランスの最高裁で原因物質として認めているのがネオニコチノイドという農薬です。金沢大学の実験では、低濃度のネオニコチノイドでも、巣箱のミツバチがいなくなり群れが消える「蜂群崩壊症候群」に似た現象が起こるという結果が出ています。これはアルツハイマー状態になってしまうことで巣への帰り道がわからなくなってしまい、わたしたち人間から見ると“失踪した”“消えた”という現象になるのです。
個人的な意見ではありますが、ミツバチの失踪をネオニコチノイドだけに原因を求めるのはとても短絡的で危ういと思っています。農薬や殺虫剤などの化学薬品だけでなく、化学肥料、排気ガス、塩素入りの水道水、放射性物質など、毒と呼ばれるものはそこかしこに蔓延しているので、それらが複合的に関わり合っていると考えることが大切です。ここ近年ではケムトレイル散布の問題も表に出てくるようになってきているので、ひょっとしたらその中に原因が隠されている可能性だってあります。一つのものを原因だと決めつけて人々の意識がそれだけに向いてしまっては、隠れているかもしれない真因から離れてしまうリスクが大きくなります。こんなにも地球を複雑に傷つけて苦しめている時代を生きるわたしたち人間は、その責任を持つ者としてもっと立体的にもっと俯瞰的にこの世界の問題を紐解いていける力を身につけていかなければならないと日々感じています。
それにしても、ミツバチのあの可愛い羽音が聞こえない春が訪れるなんて、まさに21世紀版レーチェル・カーソンの「沈黙の春」と言えます。ハチの羽音ではないですが、春先に聞こえる鳥の声が減ったという変化はわが家でも実感しています。3年前の春は、美しい鳥たちの歌声が大合唱となってこの里山に響き渡り、感動して思わず身震いしてしまうほどでしたが、年々その声量とハーモニーが小さくなっていることを夫と共に心配しています。昨年は、家の近くでムクドリが死んでいたり、庭先でモグラが死んでいたりと、小動物の死を目にすることが何度かありました。しかも気になるのは外傷がひとつもないことです。まるで突然死かショック死をしたかのようにパタリと死んでしまった様子なのです。そこでピンときたのが原発事故後の放射能の影響です。セシウムは心筋に蓄積しやすいため、心筋梗塞など心臓のトラブルで突然死するリスクが高まると予想されてきましたが、まさにその段階に入ってきたのではないかと感じています。
カーソンは次のように言っています。「この地上に生命が誕生して以来、生命と環境という二つのものが、たがいに力を及ぼしあいながら、生命の歴史を織りなしてきた。といっても、たいてい環境のほうが、植物、動物の形態や習性をつくりあげてきた。地球が誕生してから過ぎ去った時の流れを見渡しても、生物が環境を変えるという逆の力は、ごく小さなものにすぎない。だが、二十世紀というわずかのあいだに、人間という一族が、おそるべき力を手に入れて、自然を変えようとしている」
カーソンの言うこの「おそるべき力」によって最初にしわ寄せを押し付けられるのが、繊細でか弱い動植物たちです。人間がやったことを人間だけで尻拭いできればいいですが、そうではありません。「おそるべき力」を使ってしまったことで生きものたちが住めない環境に変えてしまい、多くの命を奪い、動植物が減って、酸素や食べ物がなくなって、巡り巡って最終的にいなくなるのが人間です。逆に考えると、なぜこれだけ酷いことをしているのに最後の最後まで残されるのが人間なのか不思議です。わたしなりの考えですが、それはきっと解決できる知恵が備わっている希望の存在でもあるからなのだと思います。時間を与えられている者として、被害を食い止めることや地球を救うことにどれだけエネルギーを注ぎ込めるか、いまその真価が問われているはずです。
アインシュタインは、「ミツバチがいなくなったら人類は4年しか生きられない」と予言したと言われています。ミツバチは植物全体の受粉の約3分の2を担っているため、ミツバチが絶滅すると地球上の植物の大半が種子をつくれなくなる可能性があるそうです。4年は誇張された表現かもしれませんが、それでも残された時間は少ないはずです。とにかく間に合わせることが急務です。わが家の菜園がミツバチにとって楽園になるような、蜜源となる植物や木がたくさんある庭づくりをしていこうと思った2017年の春となりました。