この世の中に起こる様々な現象を理解するには、まず客観的事実を踏まえた科学的視点が不可欠です。でも、その一方、論理を超えた人間の直感力・洞察力といった別の知的能力も必要であると、私は以前から申し上げてきました。何故ならば、科学的視点だけでは物事の表面のみを撫でているような領域しか理解できません。また、もしこの弁証法的思考のみに頼るならば、科学的証明ができない現象はすべて存在しないものとして否定したり、排除してしまうことになるのですよね。

Stone_081030_2 科学万能主義の行き着くところは、地球の支配者は人間であるという傲慢な態度と行動でしょう。ところが、このあやまちにブレーキをかけてくれるのが、人間にもともと備わっている直感力や洞察力、あるいは想像力です。この素晴らしい叡智を働かせば、人間の存在は自然の一部であるという当たり前の事実にはっきりと気づかされます。私たちは単に「生きている」のではなく、何かによって「生かされている」のではないかと思えるようになるのです。この「親愛なる石たち」のシリーズをご理解いただくには、こうした考え方を受け入れていただくことが前提になっています。

「スギライト」の第2回目で、私がこのようなお話しを改めて致しましたのは、実は理由があります。パワーストーンとしての「スギライト」の理解には、特に「直感力」、「洞察力」、「想像力」といった柔軟な能力が求められるからです。まず、「スギライト」が「世界三大ヒーリングストーン」のひとつであると言われるゆえんには「スギライトはガンやエイズに効く」とされ、これが大いに喧伝されたことにあるのです。「まさか! ちょっとマユツバじゃないの」と、疑問に感じられるでしょう?

私もこのような効用が記された解説書を初めて読んだときは、同様に首をかしげました。でも、次のような解釈と想像力によって、「まさか!」を「なるほど!」という方向に発想転換をしている人たちもいます。それは、人の身体の営みは西洋医学で言うところの肉体のみではなく、エーテル体を含むエネルギーの流れが大きくかかわっているという考え方です。その人たちは、病気や身体の異変、精神の異変はそのエネルギーの流れの詰まりによって引き起こされると信じています。東洋医学や気に通じる世界ですね。つまりこの解釈では、「スギライト」の効用は西洋医学における薬のような効能ではなく、病気や身体の異変の原因となっているエネルギーの流れを本来の流れに戻すことによって病気の根源を取り除くというものとなります。

ただ、私自身が「スギライト」によって肉体的な疾患が治ったとか、身近な人々の中にもそのような事例があったとかの経験はありません。「ガンやエイズに……」という効用は、「…と考えている人々もいる」という程度に受けとめておきたいと思います。でも、「スギライト」が何故か気になってしかたがないという方は、あなたの身体を流れているエネルギーがどこかで「詰まり」を起こしている可能性があります。ご自分の身体に何らかの異変や疾患がないかを、見極めてみるきっかけになさったら良いと思いますよ。

ところで、私の場合は「スギライト」を手に握り、瞑想を続けていると、毎回不思議な現象が起こります。どこからともなく快い音楽が聞こえてくるのです。その旋律をどう表現すればよいのでしょう。まるで澄みきった空から、あるいは満天の星から静かに降りてくるような、心安らぐメロディーなのですよね。ハッとして目を開けると、ヘッドホーンをはずしたかのように、音楽はピタリと止んでしまいます。でも、再び目を閉じてしばらくすると、また聞こえてくるのです。私はこの内なる響きを「天界のメロディー」と密かに名付けて、ときどき「スギライト」を手にしています。ただ、もっと不思議なのは、音楽が聞こえるというだけではないことです。その後必ず心に愛がいっぱい溢れるような至福感を覚えるのです。

その愛は、誰かを愛するといった現実的なものではなく、私自身を含めた全宇宙に対するような愛です。静かな海原に太陽の光がまるでスポットライトのように照り輝くことがありますね。心に湧きあがってくる愛は、まさにそのような光景を思い出させる、輝きに満ちたものです。私はこの愛は、天界とのつながりを象徴するものに違いないと確信しています。「スギライトは代表的な愛の石」とも言われていますが、それは私の確信とも一致するところなのです。