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【今週の悩めるマダム】

10年前の東日本大震災で家族を亡くしたものです。先日、また大きな地震が東北を襲いました。今回の地震では、食器などが割れてしまったものの、幸いけがなどの被害はありませんでした。しかし嫌な記憶がよみがえってきて、また眠れなくなってしまいました。やっと乗り越えられてきた矢先に、心が潰されそうです。(宮城県在住・50代主婦)

 

あれから10年の月日が流れましたが、つらい記憶にいまだ多くの方が苦しんでいらっしゃると思います。しかし、このような自然災害は、残念ながら地球が続く限り、繰り返し起こるものです。人間の力ではどうすることもできないこのような不条理なことが、皮肉にも人生にはたくさんふりかかってきます。その都度、人間は立ち止まり、吹き飛ばされないように、心を必死で保たないとならないのです。そうしたことも含めて“生きていく”ということなのでしょう。もちろん自然災害だけではありません。交通事故もあれば、癌などの重たい病気もありますし、まさにコロナのような感染症のパンデミックもあります。私たちに悲しい記憶を思い起こさせるような出来事は、今後も形をかえ、次々と私たちに襲い掛かってくることでしょう。

 

さて、僕はあるときから、心の片隅に“ある種の覚悟”というものを常に用意するようになりました。これを皆さんに真似してください、というつもりはないのですが、とりあえずちょっと読んでみてください。僕は61年生きてきましたが、結局のところ、人生とか運命というものは、実はどんなに拝んでもどんなに頑張っても、もうどうすることもできないものだと悟ったのです。なぜならば、人間は遅かれ早かれ、いつかは死ぬことになるのです。ご存知のとおり、この運命から脱出できた人間はいまだかつて一人もおりません。

 

地震も起こるでしょうし、交通事故に不意に遭遇することもあるかもしれない。コロナにかかって、死にそうになるかもしれない。あるいは、死ぬかもしれない。人間が自分でどうすることもできないことを“不条理”というのですが、実際のところ人生のほぼすべてが不条理だと考えていた方がいいでしょう。免れない死を覚悟してみると、不安はほんの少しマシになります。いつか終わりがくることを怯えて生きることも、苦しい過去を背負い続けて生きることも、人間にはできます。でも、「いつかは自分もこの世を去らないとならない」と覚悟する境地が、逆に僕を楽にしてくれることがあるのです。諦めではありません。境地です。人間がどんなに考えても、死の先にあるものは見えません。見た者もいません。しかし、終わりのある人生の本質と向き合い、そして理解することはできます。

 

死を悟り、今を一生懸命生きることで、僕はつらい過去と和解してきました。そして、いつも月を見上げながら、「いつか、そちらに帰ります。それまであと少し、精一杯生きさせてください」と祈るのです。天に召されるという言葉がありますが、その免れない最期に、「素晴らしい人生だった」と思えることが天国なのだと信じたいですね。つらいこともありますが、今生を共に生きてまいりましょう。

 

【JINSEIの格言】

免れない死を覚悟してみると、不安はほんの少しマシになります。「いつかは自分もこの世を去らないとならない」と覚悟する境地が、逆に僕を楽にしてくれることがあるのです。

 

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