第148回の芥川賞を、短編『abさんご』で受賞した黒川夏子さん(75)。昭和12年3月23日、東京・赤坂に生まれた黒川さんは、史上最年長の受賞者だ。
「幸いにして健康ですので、後期高齢者ですが(笑)、体の衰えに対して焦りはありませんね。夜は早くても24時の就寝。6時間くらい寝て起きます。私は、筆がだんだん乗ってくるタイプなので、食事を含めて朝の雑用をすませたら、そこから執筆に入っていきたいんです」(黒田さん・以下同)
書くことの前では、食べる行為さえ「雑用」と語る。食事は2度。朝食はパンと紅茶。夜も簡単なもので済ませるという。書く勢いを止めないために昼食はなし。夕食を抜く日もある。5歳で処女作を書き、終戦を迎えた小学3年生のころには「すでに『私は書く側の人間だ』と感じていました」と語る。
「まあ、これまでの何十年間のなかで、(恋人は)何人かはいましたよ。でも、高校も女のコばかりの環境。大学で初めてですかね……。男性とは対等な関係を求めます。お相手も、結局は物を書いている方が多かったんです」
20歳のとき、同人誌『砂城』の創刊に参加。大学卒業後は国語教師となり、横須賀の女子高へ赴任するが、考えていた以上に教師の生活には自分の時間がなかった。24歳のとき「これでは”本業”に時間を割けない」という理由から、2年間の教師生活を終えた。以降、さまざまなアルバイトで生計を立ててきた。
「タオル問屋で名入れタオルに熨斗をかけたり。赤坂の料亭の帳場でも働きました。当時はギリギリでもいいから『書く時間がほしい』というのが願いでした。『勤務は短時間でいいから』とわざと稼ぎの少ない仕事を選んでいたわけです。執筆のために」
20代も半ばで、安定した教師の仕事を棄てた彼女だが、当時の風潮からいけば女性の多くは結婚を考える年ごろでもある。恋愛に関してはあまり話が進まなかったが、結婚について聞いたときは、今度はきっぱりと答えが返ってきた。
「いいえ。一度も考えたことはないです、正式な結婚というのは。初めから子供をつくる気もありませんでした。一生物を書いていこうと思っていたから、それ以外にエネルギーを費やすことは考えなかった。『家族を持つ』という考えは捨てたんです」