’97年3月、東京都渋谷区円山町のアパート空室で、東京電力女子社員(当時39)の遺体が発見された。被害者がエリート社員だったことに加え、毎夜、渋谷の街頭に立ち、春をひさいでいたことでマスコミをにぎわせた事件だ。

 

4日後、現場に隣接するビルにネパール人4人と住んでいたゴビンダ・プラサド・マイナリさん(現在46)は、入管難民法違反容疑で逮捕された。そして、東電OL殺人事件の容疑者として再逮捕される。捜査段階から一貫して無実を主張していたゴビンダさんだが、’12年6月にDNA鑑定で無罪が証明され、再審の扉が開かれるまでの15年間、獄舎に閉じ込められていた。

 

現在、祖国ネパールのカトマンズで、失われた時間を体験しなおすかのように家族と過ごすゴビンダさんを訪ねた。笑顔で迎えてくれた彼だが、話が事件当時の様子におよぶと一転して「人生のいちばん大切な時期を失った!こんな目に遭わせたやつらを一生忘れない!」と表情がこわばった。

 

「私がやっていないことは、ちゃんと調べればわかること。でも、警察は一方的に私を犯人と決めつけた。9〜21時までほとんど休みなく、調書にサインしろと迫られた。足を踏まれ、胸ぐらをつかまれて服が破れた。水もくれず、トイレにも行かせてもらえなかった。サインしないと罰金20万円だといわれた。日本の警察はトラ。すごく強くてなんでも勝手にできてしまう」

 

ゴビンダさんは’00年4月に無罪判決を言い渡されている。しかし地検はこの判決を不服とし、ただちに控訴。東京高裁はゴビンダさんの拘留を続け、同年12月に無期懲役を言い渡した。

 

「15年間で泣いたのはこの日1回だけ。自分の人生はこのまま終わってしまうのかと絶望的な気持ちになったのです。でも、拘置所に移送されるまでの間に、無罪になるまでがんばろうと思いなおした」

 

横浜刑務所ではこんなことも。「刑務官に何度も”お前は日本の女をレイプして、金を奪った悪いやつだ”と言われました。その言葉は実際に殴られるより痛かった。”自分は悪くない。悪いのは間違っているおまえたちだ!”と心の中で言い返して耐えました」

 

’12年11月、無罪が確定したゴビンダさんは、翌12月、刑事補償法に基づき国に補償を求める訴えを起こした。この補償金をもとに、これからを考え初めている。

 

「自分だからこそできることをやっていきたい。外国の刑務所に入っているネパール人はたくさんいる。私のような冤罪のケースもある。そういう人たちを支援したい」

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