「それまでの私は、いわゆる都会のOLでした。夜は新宿で友達と飲んで、毎月、ネイルサロンと美容室通いも欠かさない。ボランティアや福祉は、むしろ“偽善”に思えて苦手だったくらいです」

 

そう語るのは、3・11をきっかけに新宿勤務の営業事務のOLから一転、被災地に移住して、もう3年になろうとしている堀越千世さん(38)。

 

「でも、熱心な友達に誘われて行ってみたら、泥出しや話し相手など役に立てることがあった。そのうち地元の人たちもかわいがってくれるようになって、そのボランディア団体が社団法人化する際に、そこの職員になるというかたちで、移住を決めたんです」

 

牡鹿半島の中央に位置する宮城県石巻市大原浜は、震災によって過疎化が加速し、人口は半減。小学生わずか1人と高齢化も著しいこの地区に、震災後初の移住者として、地区の人口増加に貢献したのが堀越さんだった。

 

現在、堀越さんは牡鹿地区の復興応援隊として働くかたわら、津波の被害をまぬがれた古民家を再生する「古民家再生IBUKIプロジェクト」の事務局として奔走。何もなくなってしまった沿岸に、安らげる場所を作る同プロジェクトでは支援金の管理をしたり、他方、復興応援隊としてはイベント運営のほか商店街の新設や観光施設の再開など、まちづくり協議会のメンバーとしても忙しく立ちまわる。

 

「そもそもパソコンを使える人があまりいないので、ビジネス文書を作れるだけで重宝してもらえます。OLの経験が、こんなに役に立つなんて。いまではネイルどころか化粧もしなくなって、すっかり女子力も下がりました(笑)」

 

両親は「言いだしたら聞かないから」と、すんなり送り出してくれたそうだが、そうまでしてこの地に移住したのは、なぜなのか?

 

「都会にはない“ぬくもり”があったからです。東京では同僚か同世代の人ぐらいとしか会話をする機会がありませんでしたが、ここではあらゆる世代・職種の人との会話があって、しかもしょっちゅう誰かが『飯くってけ』と誘ってくれる。人口は東京と比較にならないほど少ないのに、人の温かさがあるんです」

 

その温かい人たちのために、自分ができることがあるというのも、大きな励みだ。

 

「OL時代は、仕事はただの“お金を稼ぐ手段”でした。でもいまは、ゼロというよりマイナスになってしまったこの場所で、地元の人と新しい町を作るという大切な仕事に携わらせてもらっている。とても幸せに思います」