東日本大震災から5回目の、お盆が過ぎた。宮城県石巻市立大川小学校では、全校108人中74人もの児童が、地震発生から51分もの間、教師の避難決定が下されないまま、凍てつく校庭で震えながら待機させられ、津波の犠牲になった。

 

震災翌日から、ロール紙にペンで手書きした6枚の「壁新聞」を避難所に貼り出したことで知られるのが『石巻日日新聞』。地元の生のニュースを取材し続けて35年になる同紙のベテラン記者であり、現在は、石巻市の年表や写真を展示する『石巻ニューゼ』の館長を務める武内宏之さん(58)は、震災直後から「正確な情報で行動を」をモットーに、デマや怪談に接してきた。

 

その武内さんが、亡くした家族に会いたいという遺族の痛切な思いと、被災地の現状、そしてこれからを語ってくれた。

 

「震災直後は、あらゆるデマが流れました。『窃盗団が北上してくる』とか『遺体の指を切って指輪を強奪している』など。過去に関東大震災などで起きたのと同じです。『石巻日日新聞』は、あらゆる噂の真偽を確かめてきました。それは、震災翌日の壁新聞にも掲げたことですが、こういう緊急時にこそ『正確な情報で行動を』と呼びかけたポリシーどおりの行動なんです」

 

その後、デマは“幽霊話”へと移行。「(石巻市内の)日和大橋で、人を轢いたと思ってクルマを止めて確認すると、誰もいなかった」などという話が出て、実際、仙台のある運送会社では「夜間は橋を通らないように」という通達を、ドライバーに出したほどだった。

 

「今回の震災では、そういったデマや噂話が、SNSなどを使って一気に拡散してしまった、という新しい特徴がありました」

 

’14年に震災から丸3年となり、’17年は犠牲者たちの七回忌を迎える。そんななか、遺族は少しずつ、つらかった当時の回想をするようになってきたという。

 

「私は、ご遺族が霊的な話をし始めたことは、悪いことではないと思っています。被災地、そして被災者が、震災についての“整理・整頓”を始めたのだと、私は考えています。それは無理に決着をつけるという意味ではなく、あの体験から、明日からの日々を生きていく道筋をつけるための“整理・整頓”。人に話すことによって、セルフ・カウンセリングにもなっていると思うんです」