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観光客でにぎわう奈良公園にほど近い広場。1人の男性がカメラマンに向かって「いいですか?放しますよ」と声をかけ、両手のひらで作った囲いを、そっと開いてみせた。現れたのは十数頭のチョウ。男性の手のなかから次々と、大空に向かって飛び立っていく。高く澄んだ古都の空をフワフワと舞う、どこか雅な姿を、男性はいつまでも目で追いかけていた。

 

「きれいでしょ。名前のとおりのあさぎ色の翅を広げて、ゆったりと舞うチョウ……すっごい優雅やと思いません?」

 

誇らしげにそう語るのは、道端慶太郎さん(40)。今年、その名も「空から蝶」という会社を立ち上げた。名刺の肩書には代表取締役のほかに蝶使いともある。彼の手から飛び立ったチョウはアサギマダラ。北海道から沖縄までの日本全域、さらに台湾や中国大陸など、東アジア一帯に分布。季節に合わせて渡り鳥のように移動することでも知られている。

 

「その特性があって、アサギマダラを選んだんです。お客さんが日本のどこで放しても、自力で日本中を移動しているこのチョウなら、生態系への影響は少ないから。人と自然をつなげたいという僕のライフワークの、大事な第一歩がこのキットです」

 

道端さんは今年春、このアサギマダラの飼育キット「虫とりのむこうがわ」(通称虫むこ)の本格販売を開始した。奈良市内の「いつか森になるカフェ」。ここは道端さんの妻・章子さん(41)が切り盛りしている。店の2階が道端さんのオフィスだ。あいさつもそこそこに、道端さんは「幼虫、見ます?」と小さなケースを取り出した。中では黒、緑、黄色のまだら模様のグロテスクな物体がムクムクと動いている。

 

「3センチ超えたぐらいやから、これで3〜4齢ですね。どうです?かわいいでしょ。実際に飼育した女性のお客さんも、最初は『キモッ!』って思ったそうです。でも、だんだん愛着がわいてきて。あの美しい翅の成虫になって、『感動しました!』って言ってくれてます。ホラホラ、エサ食べてるこの顔、かわいくなってきたん違いますか?」

 

自分ができる新しい社会的なビジネスモデルを探し続けていた道端さん。そして、紆余曲折を経て辿り着いたのが、アサギマダラの飼育キット「虫むこ」だった。

 

「チョウなら女性でもきっと抵抗は少ない。何より、最期まで飼うことが前提のほかのペットと違って、育てたチョウを空に放つのがゴールです。アサギマダラは、旅するチョウ。自分が育てたチョウが、遠い南の島まで飛んで行くことを想像したら、ワクワクしません?季節が巡って、その子孫がまた地元に戻ってくることを想像したら、ドキドキしてきません?」

 

説明しながら、道端さんの目はキラキラと輝いていた。