2015年の暮れ。使い勝手のよさそうな生活用品が並ぶ棚の間を、機敏に歩き回る一人の女性がいる。スタッフに指示を飛ばし、迷いのない手つきでディスプレーに変更を加えて行く。見ているこちらが居住まいを正したくなる、凛と張りつめたたたずまい。
益永みつ枝さん(68)。生活雑貨提案ショップ「F.O.B COOP」のオーナーだ。フランスのデュラレックス社製のグラスを筆頭に、当時はまだ珍しかった、シンプルで機能的な海外の日用品をいち早く日本に紹介し、一躍時代の顔となった。
そんなみつ枝さんが突如閉店を発表したのは、昨年秋。自身が築き上げた一時代の幕引きの真っただ中にある。
「自分の手で始めて、自分の目の黒いうちに閉める、最後を堪能できるって、すごいぜいたくなことだと思うよ。来る人来る人、悪いこと言わないし(笑)。『お疲れさま』とか『ありがとう』とか。毎日、生前葬しているみたい(笑)」(みつ枝さん・以下同)
1981年、まだのどかな雰囲気漂う広尾通りに「F.O.B COOP」1号店を開店。店舗の設計も、仕入れも販売も経理も一人。仕入れのため、小さな商社のショールームでほこりをかぶるデッドストック品をあさり、合羽橋の道具屋筋をくまなく歩いた。好みは、手作り品や芸術性の高いものより、大衆文化の産物や量産製品。絶対ゆずれない条件は、「機能的」であること。
ちまたはファッションブランドが花ざかり。コム・デ・ギャルソンなど有名ブランドが次々と開店していたが、室内の在りようにまで気を配る人は、まだ多いとはいえなかった。しかしその中にあって、みつ枝さんは確信していた。
「ギャルソンの服をまとった人が住む部屋が、今までと同じ部屋であるはずがない。ファッションだけでなく、日々の24時間すべてがバランスよく美しい時代がきっと来る」
めざしたのは、一般家庭の《日常茶飯事の見直し》だ。やがて、口コミで客が集まり始め、「F.O.B COOP」は瞬く間に東京を代表するライフスタイルショップに。2000年代初頭には、全国に15店舗を展開するまでに成長していった。そして、あの日が来る。2011年3月11日。東日本大震災だ。
「出店していた店舗の中には、そんなときなのに、利益ばっかり追求しようとするところがあって。売れ、もっと売れ、お金、お金って。とりあえず売れればいいやって世界。だんだん疲れてきちゃって、この流れを止めるためには、やめるしかないかな、と思ったの」
そして「世知辛い店から順に(笑)」少しずつ撤退を進めていった。
「私はいつも、まず目の前にあることを解決したい人だから。今は生前葬の真っ最中だし、正直言うと、閉めた先のことは、まだあんまり考えていないんだよね」
1981年の開店から35年。流行がめぐっても、人々の感性の揺るぎない《より代》として在り続けた「F.O.B COOP」。その生みの親は今、輝かしい作品をあえて手放すことで、モノとの向き合い方を今一度、私たちに身をもって問おうとしている。