「私は子供のころから動物が大好きなのに、昔から動物を食べることに抵抗がなかったんです。それで、『自分が動物好きなのに、どうして食べちゃうの?』って聞かれると、うまく答えられませんでした。でも、カスカの人たちと暮らして、ようやくわかってきたんです」
岐阜大学の中にある研究室で、文化人類学者の山口未花子さん(39)は、おっとりとほほ笑みながら、そう話した。カナダ・ユーコン準州に暮らす先住民のカスカは、現在も伝統的な狩猟採集生活を続けているインディアン。山口さんは、学術調査のためにこの地を訪ね、古老である「おじいちゃん」に“弟子入り”をした。ユーコンに通って、もう10年になる。
北海道大学大学院在学中、文化人類学を専攻していた山口さんは北アメリカに1万年以上狩猟生活を続けてきた先住民がいるという情報を得る。が、どこの部族に行けばいいのかわからない。山口さんは思いきって、カナダ中西部の名門大学、アルバータ大学に研究員として渡り、その地で知ったのが、カスカの名前だった。
「しかも彼らに関する論文といえば、50年くらい前に書かれた1本きり。研究するならこれだ!って思いました」(山口さん・以下同)
とはいえ、何事もスムーズには運ばない。自治政府から現地調査のための許可をもらうため、悪路を丸2日間1人で車を走らせてチーフを訪ねてはすれ違い、時に車が危うく崖から落ちそうになり、真っ逆さまにひっくり返るなど散々な目にも遭う。そして許可を取るまで1年、2005年7月に山口さんはようやくユーコン準州の、カスカ暮らす町・ワトソンレイクへ。ホームステイ先の男性に口説かれるなどの“苦労”も切り抜け、落ち着いたのが80歳近い古老の家だった。
「カスカの人たちは、男女を問わず、暮らしに必要な技術を必ず持っているんですよ。おじいちゃんは狩猟や解体はもちろん、皮をなめしたり、小屋を作ったり。私も、狩りについて行き、長いときには1カ月以上も森のなかの狩猟小屋で過ごしました。おばあちゃんも干し肉作りや、なめし革でモカシンやミトンを作る。あらゆる生活文化に触れさせてもらいましたね」
そうして体験したのは、徹底的に動物たちと会話する、カスカの伝統的な暮らし方だった。人びとは動物たちを「言葉と思考を持つパートナー」と捉えている。
「たとえば、狩りのときはなるべく痛みがないように仕留めます。ライフルの弾がズレて、ヘラジカにけがをさせて逃げられたら、『怒らせてしまったから、もうしばらく捕れない』と言って、さっさと帰ってきてしまうんです」
また、野生の命はけっして無駄にはしない。
「余った肉は干し肉にしますし、骨はだしを取った残りさえ、犬がガシガシ食べ尽くします。皮や毛皮は衣類に加工して、ほんとうに捨てるところが何もない。みんな、動物たちのおがげで自分たちが生きていることがわかっているんです。『畏れ』に近い感覚を抱いている」
だから儀礼を欠かさないし、不要な狩りやスポーツハンティングは絶対に行わない。動物が好き、食べるのも好き。その考えが矛盾していないことを、山口さんはカスカの暮らしを通して知った。
「彼らには、for us,part of the animal(私たちは動物の一部である)という教えがあるんです。私の動物好きは、カスカの人たちのそれと近いんだなって。長いこと説明のつかなかった感情に整理がついたような気がしました」
現在、山口さんは岐阜大学地域科学部の助教授として、学生たちに人間と動物の共生について教えている。そして毎年のようにユーコンに通い、カスカの人たちの暮らしを調査し続け、もう10年以上になった。家族のように溶け込みながら、山口さん自身が気づいたことは何だろう。
「私にとってのいちばんの変化は、動物を殺せるようになったこと。2014年に、日本で罠猟の免許を取得しました。まだシカとイノシシを1頭ずつですが、自分で捕れるようになった。狩猟とは、自然とつながる行為であると教えてくれたのがカスカの人たちです。自分がかけた罠に、動物が来てくれると、その動物の行動がわかった!自然とつながれた!という感覚が大きいです」