「築地で働く人は、嘘をつかない、人の陰口を言わないことを大切にしています。実は築地はとても狭い社会。嘘をついてもバレてしまうし、陰口もすぐ伝わってしまう。人間関係がとてももろくて、ちょっとしたことでも壊れてしまうことを築地の人たちはよく知っているんです。だからこそ、嘘をついたり、陰口をたたかないようにして“つながり”を守ってきたんですね」
そう語るのは、築地で創業170年の「鮨文」を切り盛りする女性店主の磯貝真喜さん(46)。築地は「男性の職場」のイメージが強いが、そこには生き生きと働く女性の姿も。磯貝さんは、築地の食堂には、脈々と受け継がれているものがあるという。
「命をかけて魚を捕ってくれた漁師さんの思いを込めて、お客さんにおすしを提供することです。築地で働く人たちと接していると、その気持ちが伝わってきます。漁師さんや生産者さんの思いをわかっているから、築地の人たちは、魚をいかに早く、おいしく届けるかに必死なのです。築地は生産者ともつながっている町。だから観光客の食べ残しや、キレイとは言えないような食べ方を見ると、悲しい気持ちになりますね」
市場の中でたばこや弁当を売る店、通称「まんじゅう屋」の店頭に立つ高野禮子さん(70)。高野さんは20歳のときから50年、築地の男たちを見守ってきた。
「市場のみんなが顔見知り。誰がどの銘柄のたばこを吸っているかわかるから、顔を見ただけで指定のたばこを出せます(笑)。でも、私はたばこを手渡すとき、何かしら話しかけるようにしています。市場で働く人たちは“つながり”を大切にします。そうした付き合いをしていると、仕事に悩んだり、ミスをして落ち込んでいたりする様子もわかる。『がんばりなさいよ』『しかたないわよ』と声をかけるだけで、暗かった顔が少し晴れる。そんなことでも、元気のもとになってくれれば、うれしいですよ」
高野さんは新市場でもコンビニ形式の店をかまえる予定。“築地のつながり”を続けていこうと決めている。