「日本ではまだ乳がん手術で内視鏡を使用する医師は多くありません。また私の術式はオリジナルですが、乳房自体には傷つけませんので、多くは胸の形をきれいに保てていると思います」
そう語るのは、亀田総合病院の乳腺センター乳腺科部長の越田佳朋さん。これまでの人生を一緒に歩んできた、自分の大切な乳房。がんを取り除かなければ生死にかかわる−−とはいえ、女性の象徴でもある乳房を傷つけることは、治療後にも及ぶ大きな精神的負担を伴う。そんな大切な乳房を切除せずに乳がん手術を行っているのが越田さんだ。乳がん手術に内視鏡を使用したのは10年ほど前から。試行錯誤を重ね、いまでは年間150件もこなしている。
「乳腺科医の中には“乳房の形が悪くなっても致し方ない”と、がんを取り除くことを優先し、形にこだわる内視鏡手術に否定的な先生がいるのも事実です。じつは私も“内視鏡反対派”の1人でした」(越田さん・以下同)
だが、患者が定期検診のために胸の傷をつらそうに見たり、再建手術をしても『先生、思ったよりきれいにならないのね』と言われたりするうちに、単純に“致し方ない”とは割り切れなくなった。
「『温存できましたよ。でも、こんなに形が悪いんです』では納得されないでしょう。医師が通常のがん治療をするのは当たり前。同時に、患者さんの精神的な負担を可能な限り減らす役割もあります。がんはあくまで人生の通過点です。手術を受けた後の長い人生で、胸の変形や傷を見るたびに、つらい経験を思い出したり、温泉に入れなかったりするのは、患者さんにとって気の毒だと思ったんです」
一般的な外科手術と同様に、ステージ0(乳管内にがん細胞がとどまっている)、ステージ1(しこりが2センチ以下でリンパ節転移がない)、ステージ2a(しこりが2センチ以下でリンパ節転移がある、もしくは2〜5センチでリンパ節転移がない)、ステージ2b(しこりが2〜5センチでリンパ節への転移がある)が主な対象だ。
「乳がん手術の場合、ステージの進行度よりも、部位や細胞の種類や、転移の有無によって方法が変わってきますが、“部分切除”と“全摘手術”に大別できます」
越田さんは、その両方の手術を内視鏡で行う。ごく初期段階で、部分切除ですむようなケースでは、乳輪部分や乳房にもメスは入れず、脇の下を4〜5センチ切って、そこから内視鏡を入れ、患部にアプローチする。全摘出するような場合には、脇の下、そして起き上がったときに乳房が下垂して傷口が目立たないアンダーバストの部分に、4〜5センチの切り口を作る。
「脇、そして乳房の下から内視鏡を入れて、患部を取り除きます。乳首や乳輪はもとより、乳房の表面にもメスを入れないので、患者さんの抵抗感も少ないと思います」
その後は、通常の外科手術と同じ。全摘出するようなケースでは、ティッシュエキスパンダーという人工物を入れて胸の形を整え、約半年後に再建手術を施す。術後でもっとも気になるのが再発リスクだが……。
「データ上、再発の可能性は一般的な手術と内視鏡手術とで差はありません。私見ですが、内視鏡のほうが術中の視野がいいので、出血も少ないと思います」
内視鏡手術は保険適用となっているため、費用面でも“従来型”と大きな差はないそうだ。