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東大にストレートで合格し、中でも最難関の航空宇宙工学科に進学。卒業後は一流企業で車のエンジン開発に従事した。そんな理系エリート街道を驀進していた堀込泰三さん(39)は、あるとき突然、主夫になったーー。

 

イクメンなんて言葉が世間に定着するずっと前から、掘込家での育児は泰三さんの分担。長男・峻平くん(9)と次男耕平くん(5)の乳児健診から小児科通い、PTAの会合や習い事の送り迎えなど、子育てに関する全般、さらに炊事、買い物などを担当し、研究職の妻・実苗さん(40)がフルタイムで働く。そんな生活をもう10年も続けている。

 

「夫が長男を見る目は、恋人へのまなざし、そのものです。赤ちゃんのときはもちろん、9歳のいまも。私のことだって、あんな目で見たことないですよ(笑)。いまでも毎朝、外に出て、学校の見送りしているくらいですから。でも先日、峻平に玄関先で『もうここでいいよ』と言われて、この世の終わりみたいに落ち込んでました(笑)」(実苗さん)

 

実苗さんは、高校を卒業後、静岡県浜松市の大学の看護科に進学。在学中に人類遺伝学へと興味が移り、大学卒業後に東大の大学院へ。そのまま研究員となった。そして、高校の同級生だった泰三さんと結婚。ほどなく、実苗さんは長男・峻平くん(9)を身ごもる。しかし、東大の研究室に勤務していた実苗さんには長期の育児休暇が取れないことが判明。そこで泰三さんは、2年間の育児休暇を取得することに。

 

「まだ鬱々として『子育てってつらいばっかりだな』と思っていた生後3カ月のころ。散々泣いていた峻平をベビーベッドに寝かせたら、僕に向かって不意にニコって笑ったんです。もう、胸キュン。ヤバい。ときめく。それからですね、どんなに大変でも、あの笑顔を見るために頑張ろうと思えるようになったのは」(泰三さん)

 

育休を取って1年がたつころ、実苗さんのアメリカ転勤が決まる。人類遺伝学を専門とする実苗さん。その分野をリードするスタンフォード大学への博士研究員としての留学がかなったのだ。そして、実苗さんと峻平くんと一緒にいるため会社に長期休暇願いを出すが否認。泰三さんは会社に辞表を提出し正式な主夫となった。

 

実苗さんは現在、留学を終え、独立行政法人で医学系研究データのデータベース作成の仕事で収入を得る一方、夜は古巣の東大で遺伝子研究を続ける科学者だ。

 

「仕事から帰って家族と夕飯を取ったあと、8時には大学に行き、0時過ぎまで研究です。でも無給なので、夫には『サラリーマンのマージャンと一緒』と言われてます(笑)」(実苗さん)

 

夫妻は互いのスケジュールをスマホアプリに同期している。「これ見てくださいよ」と泰三さんがスマホ画面を指し示したのは、3月のある日のスケジュール。

 

「この日、峻平の10歳の誕生日なんです。なのに妻の予定は『ケンブリッジ』。世間では『ハーフ成人式』をお祝いしたりするっていうのに!」

 

そう笑いながら話す泰三さんにはしかし、怒りの感情は見受けられない。仕事ばかりして家庭を顧みない夫への愚痴をこぼす、一般的な主婦像とはだいぶ異なる。腹は立たないのだろうか。

 

「夫婦の間で大事なのは、当たり前ですが、お互いへの感謝ですよね。僕は忘れがちなんだけど、いつも妻が思い出させてくれます。出張から帰ってくると、ただいまより先に『ありがとう』と言ってくれる。『子どもたちを見ていてくれたおかげで行って来られたよ』って。世の出張がちなお父さんなら、まず『疲れた』と言うところでしょ」(泰三さん)

 

実苗さんによれば「感謝は当たり前」だという。

 

「だって、本当に感謝しているから(笑)。私が気をつけているのは、夫に任せている以上、最後まで完全に任せて文句を言わないこと。それと、夕飯の希望を聞かれたら『何でもいい』と言わないことくらい(笑)。夫と夫の両親のおかげで、やりたいことができているので、感謝しかないんです」(実苗さん)

 

泰三さんの目下の悩みは、子どもたちの手がかからなくなってきていることだ。

 

「長男はもうすぐ5年生。次男は保育園があと1年残っていますが、先日も1年上の年長さんたちが卒園式の練習しているのを、たまたま見ただけで、涙がこみあげて(笑)」

 

母性はもはや、女性だけのものではない。子どもたちがパパの手を離れるときーーそれは泰三さんがセカンドキャリアを真剣に考えるときだ。

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