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現在、女性の伝統工芸士は全国に614人。女性蔑視が当たり前だった職人の世界で戦う彼女たちは、女性目線の新たな感性で優れた作品を生み出し続ける。そんな男社会だった“伝統”に風穴を開ける、京都で活躍する女性伝統工芸士を紹介。きらめく用の美はまさに匠の業だ。

 

【京鹿の子絞り】川本和代

 

ポンッ、ポンッ……。部屋には布地を括る絹糸が、指貫に当たる小気味よい音が鳴り続いている。

 

「使うのは指貫1つ、あとはホンマに手だけなんです。ですから、京鹿の子絞り、特に本疋田の魅力言うたら『手のぬくもりの集まり』と思います。そこを感じてくれたらうれしいですね」

 

70年近く続けてきた仕事を、川本さんは福々しい笑顔でこう説明した。50種類以上あるという京鹿の子絞りの技法のなかで、とくに緻密な作業が求められるのが本疋田という技法だ。

 

「白生地に青花(青い染料)で描かれた直径数ミリの粒の真ん中を指先でつまんで糸を括るんです。4回糸を巻いて最後に粒の頭を押さえて硬く締める。それをひたすら根気よう続けます」

 

総絞りの着物一反で、およそ15万粒、振袖なら17万粒括る。全作業時間は1年以上にのぼる。

 

「最初の一粒目を括れるようになるまで10日ほどかかる。それができても二粒目を括ると、一粒目が解けてる。二粒目が関所なんですわ」

 

染め上がると子鹿の斑点のような模様ができることで「鹿の子」の名がついた。「疋田」とは刈り入れ後の田のことだ。千数百年間、これらの技法は京都で守り継がれてきた。川本さんが祖母や母の姿を見よう見まねで始めた8歳のころ、「結子さん」と呼ばれる女性職人は2,000人ほどいたという。それが、いま伝統工芸士として認定される京鹿の子絞りの職人で、本疋田が括れるのは川本さんと長女の2人だけしかいない。「でも」と川本さんが少しうれしそうに続けた。

 

「いま大学生の孫娘が、だいぶ本疋田をやれるようになってきたんです」

 

【川本和代/かわもとかずよ】

’41年、京都府出身。8歳から京鹿の子絞りにいそしむ。’86年、伝統工芸士に認定。’06年、京都時代祭の淀君の衣装を約100年ぶりに復元。’10年、瑞宝単光章受賞。

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