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藤井聡太七段(15)の活躍で、いまや将棋ブームまっただなか。昨年、中学3年生で歴代新記録の29連勝の記録を打ち立てると、わずか1年半で、四段から七段まで駆け上がる。藤井七段の動向は、連日のように報道され、対局の際の勝負飯“豚キムチうどん”にまで注目が集まり、写真付きクリアファイルやサイン入り扇子はすぐに完売。ネットでは偽の色紙まで出回った。

 

「藤井先生のおかげで、将棋は指さなくても、観戦するのが好きな“見る将棋ファン”も増えているのを実感します。うれしいですね」

 

こう語るのは、出身地の佐賀県で、男女合わせて初めてのプロ棋士となった女流棋士・武富礼衣初段(19)。5月5日の将棋イベントでは、藤井七段と控室が一緒だった。

 

「棋士は皆、将棋が好きですが、藤井先生には特別なものを感じます。皆で楽しく会話をする以外の時間は、スマホで詰め将棋をするなど、常に将棋にふれているところがすごい。大阪での対局後、感想戦や検討会をしていて、夜10時半くらいになったので『今夜は泊まりですか?』と聞いたら、慌てて名古屋に帰っていきました。それほど将棋に集中する姿勢は私も見習っていきたいですね」(礼衣さん・以下同)

 

礼衣さんも幼いころから時間を忘れるほど、将棋に没頭してきた。将棋に懸ける思いは負けていない。今年4月、立命館大学総合心理学部に進学し、大阪で一人暮らしを始めた礼衣さんは、満面に笑みを浮かべてこう言った。

 

「私も“将棋好き”っていう気持ちを失わず、まっすぐ向き合って頑張ろうと思います」

 

5歳のとき、父と3歳年上の兄の将棋を見ているうちに漢字の形と動かし方を覚えてしまった礼衣さん。「私にもやらせて」と、言いだすまで、そう時間はかからなかった。それからは、父が休みの土曜と日曜は将棋の日。朝、起きるとすぐに兄と2人で将棋盤を広げ、朝食が終わると夕食まで丸1日、将棋を指し続けた。

 

将棋を始めてたった半年で父親を抜いた。しかし、実力が拮抗した兄が相手の勝負では、闘争心がむき出しになる。

 

「兄は私より少し将棋が上だったから、兄に追いつきたいって、その一心で。兄相手に本気の勝負を挑んでいました」

 

負けず嫌いはハンパじゃない。負けそうになると「待った」をかけ、盤を揺らして駒を乱した。

 

「あらゆる手を使ってでも、とにかく負けたくなかったんです(笑)」

 

負ければ、大泣き。泣きじゃくりながら、「もう1回」「もう1回」と、勝負に挑む。「これで逃げる気? 次やったら負けるから、逃げるんでしょ」と、食ってかかり、きょうだいげんかになって終局。将棋への執念は幼いころから際立っていた。そんな毎日を積み重ね、礼衣さんは女流プロ棋士になった。

 

この春から、将棋の環境が激変した礼衣さん。佐賀では棋士と対局できる機会は少なかったが、いまでは大学から、関西の将棋会館まで、電車で30分ほどだ。週1~2回は、プロ棋士相手に実戦トレーニングを積んでいる。

 

「夢みたいな環境です。強い人と指すと、自分に足りない部分や新たな指し手が見えてきて、日々、強くなっている実感があります」

 

礼衣さんは女流棋士のスタートラインに立ったばかり。厳しいプロの道はどこまでも続くーー。

 

「大学を卒業するまでにタイトルを取りたい。将棋で強くなりたい」

 

好きなことでは負けられない。将棋にかける執念で、礼衣さんは勝負の世界を一歩一歩進んでいくのだろう。

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