だが、政府統計を見ると、全戸配布によって、マスクの供給量と価格が正常化したという主張には疑問符がつく。
もともと、国内で流通するマスクのおよそ77%は輸入品(2019年度、一般社団法人日本衛生材料工業連合会ホームページより)。日本国内のマスク不足の主要因は、新型コロナウイルスの世界的流行のために、国内でのマスク需要が高まる一方で、マスクの輸入量が激減したことにあった。
不織布マスクは、世界共通のHSコード(輸出入統計品目番号)で「6307.90 029」に分類されている。2019年の総輸入量は12万7,300トンで、中国産はおよそ85パーセント(10万8,724トン)だった。だが、今年2月には中国からの輸入量が激減し、全体の輸入量も前年比56%にまで落ち込んだ。しかし、3月には90%まで回復、4月からは前年を大きく上回った。以下、今年1月~6月の輸入量の推移だ。
【2020年の不織布マスク(HSコード6307.90 029)輸入量の推移】
1月 1万5,157トン(前年同月比116%)
2月 4,732トン(同56%)
3月 8,697トン(同90%)
4月 2万5,872トン(同257%)
5月 3万144トン(同309%)
6月 1万4,067トン(同173%)
アベノマスクの配布が始まる前月の4月段階で、十分な輸入量は確保できるようになっていた。その背景には、中国共産党の号令で、中国のマスク生産量が急増したことや一時規制されていた医療物資の輸出が解禁されたこともあるとみられる。2月には3,439トンにまで落ち込んだ中国からの輸入量は、5月には2万8,465トンと8倍以上にまで増えているのだ。
さらに、アイリスオーヤマやシャープなど、業種を問わず、さまざまな会社が国産マスクの生産に着手。6月の輸入量は5月と比べて半減していることから、日本国内で不織布マスクが供給過多に陥っている可能性もうかがえる。どうやら、マスクの供給量の回復と価格の低下の主要因は、ここにありそうだ。
もちろん、アベノマスクの全戸配布が決まった段階で、不織布マスクの輸入がいつごろ回復するかの見通しは立っていなかった。しかし、アベノマスクの本格配布が始まるよりも前に、輸入量は大きく回復しており、今後の供給量の回復の見込みは立っていたはずだ。その時点で、可能な分をキャンセルしたり、全戸配布を取りやめたりと、方針転換するという選択肢もあった。
現に、政府は介護施設に約8,000万枚のアベノマスクを追加配布する予定だったが、多くの批判を受けて、7月31日に撤回。一律配布を止めて、希望する施設にだけ配り、残りは備蓄用に回すと決定している。
「アベノマスクの配布で、在庫が放出され値段も下がった」
政府のそんな言い分は統計からでも怪しいことがわかる。安倍首相が着けるのを止めてしまえば、見る機会がなくなり、存在を忘れてしまいそうなアベノマスクだが、巨額の税金を投じたこの事業に意味があったのかを、検証することは忘れてはいけない。