一方で、上野さんが会員になった2005年ごろにはすでに、政府は日本学術会議を敬遠するような傾向があったという。政府が日本学術会議に対して、学問的な見地にからの「答申」を求める「諮問」は2007年を最後に長らく行われていない。

 

「審議会方式といって、御用学者を集めて政府が望むとおりに結論を出させて、“議論を尽くした”としてしまうようなやり方のほうが都合がいいんでしょう。われわれは政府の望む通りの結論を出すとは限りませんから」

 

今回の問題が報じられて以降、政権に近い“有識者”や与党議員は、日本学術会議のことを「学者の利権団体」「ここで働くと年金を貰える」と喧伝してきたが、実態は大きく異なる。

 

「日本学術会議の会員は委員会に出席すると、手当が出ます。会長で28,800円、副会長で26,400円、部長級で22,300円、一般の会員で19,600円となっています。これは1日あたりの金額で、たとえ1日に複数の会議に出席したとしても増額されることはありません」(日本学術会議の事務局の担当者)

 

手当が発生するのは、事務局が承認した「委員会」に出席した場合のみで、会員が自主的に集った研究会や、提言作成のために行う調査や研究などに対しては、手当が発生することはない。

 

「私が会員のとき、日本学術会議から支払われる手当は会議に出席した月に限り2万円以下でした。交通費は実費支給されますが、予算不足から辞退を求められることもありました。提言を作成する仕事は、ほとんどボランティアと言っていい」

 

現在も予算はひっ迫していて、手当や交通費の辞退を求められるという状況は続いているという。

 

過去には、学術における男女共同参画の実態調査のために大量の統計調査を実施しなければならないことがあったが、日本学術会議から出た予算はゼロ。科研費の研究と抱き合わせたり、自分の大学の研究費から捻出したりして苦労したという。担当した研究者への報酬はなく、みなボランティアで報告書をまとめた。もちろん、日本学術会議で働いたからといって、年金が出るということもない。

 

「こうして膨大な時間を要してまとめたものは、すべて分科会、研究会の名前で提出されますから、自分の業績リストに載せることができません。つまり、出世を考えるなら、自分の研究論文を出した方がいい。多くの会員は、お金ではなく“使命感”で仕事をしています。批判的な意見をおっしゃる方々は、会員になられた学者たちが、どのような仕事をされているのかをご存じないのでしょう」

 

守旧的な団体と思われがちだが、日本学術会議は時代の変化にも柔軟に対応してきた。

 

「2005年に会員の選抜方式を、学会が会員を推薦する方式から、会員が会員を推薦する方式に変えました。その結果、女性会員の比率は6.2%から20%にまで急増しました。現在の女性会員の比率は30%を超えています」

 

日本学術会議について、「年金が貰える」などのほかにも、「中国が国外の研究者を招致する『千人計画』に協力している」や「反日的な研究をさせている」などの噂が広められた。どれも根拠のないデマだということが判明しているが、なかには自民党の議員が広めたものもある。

 

実態を知ろうともせず、デマに踊らされるような人たちが、日本学術会議という政府から独立した機関に介入しようとしていることに、上野さんは強い危機感を抱いている。

 

【PROFILE】

上野千鶴子

社会学者。東京大学名誉教授、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。女性学、ジェンダー研究のパイオニアであり、指導的な理論家のひとり。近年は高齢者の介護とケアも研究テーマとしている。

 

「女性自身」2020年11月3日号 掲載

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