■高校卒業後は編み物の機械編みに挑戦したい。人生は何歳からだって夢を持って輝ける!
村田さんには登校前、必ず寄る場所がある。自宅近くのたこ焼き店「かどや」だ。店頭のベンチに座って、6個100円のたこ焼き2皿と缶コーヒーで、腹ごしらえをして登校する。それが夜間中学のときから続くルーティンだ。
「学校はどないですか?」
と、店主に聞かれた村田さん。
「高校のコたちはみんな、多感なころだし、先生に盾突くコもおる。そんなときは私が『静かにしいや』と。そんな役目もあるかな」
店主夫妻とたっぷりおしゃべりを楽しんでから、駅に向かう。高校は学割の定期での電車通学だ。
授業は午後6時5分から9時20分まで。夕飯は帰宅後だ。だから、登校前のたこ焼きは外せない。教科書が入った重いリュックを背負って、軽い足どりで京阪電車に乗り込むと、さっそく赤いカバーの電子辞書を開いた。
夜間中学に入学してから10年、肌身離さず持ち歩いている電子辞書。使い込みすぎて、表の赤い塗料のところどころが剥がれている。
「これがないと困るんよ」
と、いとおしそうになでていた。
「母が買ってくれたんです。私が夜間中学に行くことに、いろんな思いもあったやろけど、何も言わん。それが、入学が決まって、突然、黙ってこれを渡してくれたん」
その母は、生き生きと通学する村田さんを見届けて、6年前、94歳で他界した。
「ほんま母には感謝しかないです」
子ども4人に、孫は10人。
「ひ孫は5人まではわかっとるけど、たぶん、増えとる(笑)。たまに家族が集まると、見たことのない子がいてな。もういちいち覚えられませんわ(笑)。今の夢ですか? 高校へ行って大学進学は大変とわかりましたから、卒業後は編み物の機械編みにチャレンジしたい。30代で講師の資格まで取ったけど、勉強し直して、仕事を探したいですね」
そんな話をしているうちに、高校に到着。正門で、たまたま一緒になった同級生に、村田さんは声をかけた。
「一緒に写真、撮るかね?」
15歳と17歳。ピンクの髪と茶髪の、いまどきの若者だ。
「えっ、僕たちもいいんですか? お願いします」
と、村田さんを真ん中に、腕を組んでポーズをとった。
「村田さんはまじめな80代。熱心に勉強する姿は目標になります」
そつなく答える同級生。村田さんは思わず苦笑する。
「お世辞は言わんでええよ(笑)」
「あと、村田さんは、あの年にしてフレンドリー」
「そしてチョー元気。体育の持久走、僕らと一緒に走ってますもん。ビックリっすよ」
村田さんは大爆笑だ。
「もう、それくらいにしときや。ほな、行ってきます!」
そう言い残すと、3人仲よく、校内へと入って行った。81歳。村田さんはいま、青春まっただなかだ。