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「みんないいですよね、帰れる家があるから。頼れる人がいるから……。私は“後ろ盾がない”と思いながらずっと生きてきました」

 

こう話すのは東京都に住む30歳の女性Yさんだ。

 

今年、『親ガチャ』という言葉が流行した。ガチャガチャで出てくるアイテムのように「子供は自分で親を選ぶことができない」という意味で、ネットを中心に広がり、今年の『流行語大賞』にもノミネートされた。

 

そして、Yさんも「親ガチャに人生を左右された」と語る女性の一人だ。Yさんは「始まりは小学3年生のころでした」と振り返る。

 

「母はもともと心の病を持っていたのですが、悪化して、ほぼ寝たきり状態になりました。育児放棄のような状態になってしまって、私は朝ごはんを食べずに学校へ。洗濯を自分ですることになったのですが、昼は学校に行っているので夜しかできません。朝になっても完全には乾いていないので、仕方なく生乾きの服を着て学校に行っていました」

 

いっぽう、父親はYさんが必死に家事をこなしても手助けしなかったという。

 

「父は公務員で、忙しなく働いていました。始発で仕事に行って、終電で帰るという生活を送っていたので、家のことには全然関わっていません。

 

それに父は高圧的な性格で、幼い頃から理由もわからないまま殴られていました。嫌なことを言われて泣かされたりも……。でも父は『なんで泣いてんの?』って半笑いでした。母にずっと怒鳴っている人でもあったので、『お母さんが病気だから、家族に時間を割いてほしい』といっても伝わりませんよね」

 

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出典元:

WEB女性自身

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