■ただそばを一杯一杯作り続けただけだが、その姿を見てくれていた人は確かにいた
「7月末でうちが閉店すると、もう8月には、この区画ごと取り壊されるなんて周囲の人は言いますが、私自身は、この先のことは聞かされていません」
彩華さん自身の、第二の人生についてのプランを聞くと、先日の入院中に、こんな出会いがあったんです。病室のお掃除をしてくれている女性に『失礼ですが』と年を聞いたら、『80歳です』って言うじゃないですか。
そうだ、私もまだまだ負けてられないと。ですから、シルバーなんて呼ばせませんよ(笑)。プラチナ人材の一人として、まだ元気なうちは新しい仕事を見つけたいです。あとは主人と映画を見たり、12人いる孫の遊び相手かな」
つい先日のことだ。彩華さんが早朝、店にやってくると、近所の大正製薬に勤める有志一同から、「長い間、お疲れさまでした」の手紙と共に、リポビタンDが袋に入って置かれていたのだという。
「贈り物もうれしいですが、それよりも、私はただそばを一杯一杯作り続けてきただけでしたが、そのコツコツまじめにやっている姿を見てくれていた人がいたんだなぁと、そのとき初めてジーンときてしまいました」
いよいよ「吉田屋」の閉店まで1カ月を切った。おばちゃんの味はもうすぐ食べられなくなるが、馬場を行き交う人たちの胃袋を満たしてくれた一杯のそばの温もりは消えない。
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