三笠宮ご夫妻とアヌーラ 画像を見る

東京都心から35km離れた多摩丘陵の生い茂る雑木の緑は、一段と濃さを増している。その緑の輝きに、子どもたちの声が響く。

 

「うわ、ぞうさんだ! 大きい!」
「見て、見て、りんごを食べているよ。カワイイね!」

 

小さな瞳が見つめる先で、足元に落ちたりんごを探るように長い鼻を動かしているのは、雄のアジアゾウ「アヌーラ」。推定年齢は69歳。日本国内で最高齢のゾウだ。

 

アヌーラが暮らしているのは、丘陵の一角にある多摩動物公園(東京都日野市)。58年(昭和33年)の開園と同時に当時5歳だったアヌーラは、この動物園にやってきた。それから64年間――。ずっとアヌーラは多摩動物公園の人気者だ。子どもたちは、3700kgもある大きな巨体を眺めては目をまん丸にしている。みんな飛びっきりの笑顔だ。

 

夏休みになると、アヌーラはもっとたくさんの笑顔に囲まれる。干し草を鼻先でつかむ姿に子どもたちの笑顔がはじける。ところが、子どもたちの顔をアヌーラは見ることができない。白内障で視力が低下し、ほとんど目が見えていないという。

 

アジアゾウの飼育を担当する田口陽介さん(30)が語る。

 

「点眼で治療をし、目ヤニや砂の汚れを取るなど目の洗浄を定期的にしていますが白内障はなかなか快方に向かいませんね。今では、両目とも白く濁ってしまってます。でも目が見えなくても、アヌーラは長い鼻を杖代わりに、足どりはゆっくりですが屋外放飼場を自由に歩き回ることもできます。食欲も旺盛で、大好きなりんご10kgもあっという間に食べてしまうほど。高齢ということで、飼育には神経を使っていますが、アヌーラは年齢を感じさせないほど元気です」

 

そんな田口さんの声が聞こえたか、アヌーラは、白杖代わりの長い鼻を頼りに壁のほうに向かう。5mほどの高さにあるカゴ状の餌場にある青草を取ろうと鼻をグーンと伸ばした。木の葉を食べる本来の習性に近づけるとともに重い頭をもたげるストレッチ体操を兼ねた、飼育スタッフの長年の経験から生み出された給餌方法だ。

 

「すごい、大きいね」

 

ダイナミックな姿に子どもだけでなく親からも歓声が上がる。1度では、青草はすべて落ちてこない。もっと鼻を高く伸ばして何度も、何度も……。

 

「ぞうさん、がんばれ!」

 

記者が訪れたのは、77年前に広島に原爆が落とされた日。アヌーラは、たくさんの笑顔に見守られていた。

 

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