■初めてストリップを見て一瞬で「ポカーン」
「もともと本好きでしたが、本って一人で読むもので、そこで完結してるじゃないですか。それが書店で働き始めたら、地下に休憩室があって、私しか知らないだろうと思っていた作家の話で、みんなで盛り上がってたりして、そうか、こんな人たちが、あの本屋の刺激的な棚を作っていたのかと。バイトも早番・遅番とフルフルで入って、遅番では夜10時過ぎに勤務を終えても話が尽きなくて、飲みに行ってまた本談議。振り返れば、あの一時期、奇跡的に本のスペシャリストが集まっていたのかも」
さらに終業後、売場を歩いて自分の財布で読みたい本を買うことがルーティンとなっていく。
「手に取る本は、光って見えるんです。今の自分の状態とか関心や、前に読んだ本とどこかでつながっていたり。ただ書店員としては、単に本好きの自分を押し通すのではなく、いかに会社に利益をもたらすかということを考え、実践するのが私は好きでした。いわばゲーム感覚で、売ることを楽しんでいた。店頭のポップなんかも、自分の思いを吐き出すより、あえてキャッチーな言葉を使って、お客さんの気を引くことを考えました」
14年の新井賞の創設も、その思考の上にある。
「もともとは、直木賞で私がいちばんおもしろいと思っていた候補作が落ちたのがきっかけ。当時、カリスマ書店員という言葉も流行って取材も多かったから、ここで私が賞を作れば、もっと売ることができるのではと。当時、契約社員でしたが、会社も信頼して自由にやらせてもらえました」
芥川賞・直木賞と同じタイミングで年2回発表される新井賞は信頼度も高く、やがて「本家の賞よりも売れる」と業界で噂されるほどに。ちなみに第1回の受賞作は千早茜さんの『男ともだち』で、その後も、辻村深月さんや三浦しをんさんらが受賞している。
17年には、初めての著書『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』(秀和システム)を出版し、エッセイストの肩書も加わり、二足のわらじ生活へ。
こうして多忙ながら充実した生活を送っていた18年6月、知人の直木賞作家で新井賞受賞者でもある桜木紫乃さんからメールが届く。
〈見枝香よ、書を捨てて小屋へ行こう。おやつは鰻だ〉
ストリップ観劇への誘いだった。
これがきっかけで新井さんは「三足のわらじ」生活を送ることになる。もともと「人付き合いが苦手」と話す新井さんだが、40代間近になって、活動の場を広げた背景には何があったのだろうか。
「ストリップは、やってみて、好きだから、としか言いようがないです(笑)。噓がない世界。会社員の看板も書店員としてのキャラも、今までのものをぜんぶ脱ぎ捨てて裸になって、自分に何が残るだろうって思いました」
自分の思いにどこまでも素直に、気負いなくーー。そんな生き方に惹かれる女性たちは多く、ストリップ劇場でもトークイベントでも、新井さん目当ての追っかけ、ファンの姿と出会うのだった。