■原発事故の影響を「経営努力が足りない」と
処理水の海洋放出の影響を受けるのは漁業だけではない。福島第一原発の南22キロにあり、原発事故後も避難せず診療を続ける高野病院(広野町)の理事長、高野己保さんが語る。
「人口が大幅に減少したため、高齢者が多い地域医療を存続させるためには、県内外から医師や看護師、介護職などの医療スタッフ集めが喫緊の課題です。けれどある病院では、県外の医師の採用が決まりかけたときに海洋放出の話が出て、家族から“そんなところに行くな”と反対され採用に至らなかったケースもあります。
原発事故の影響を国や東電に訴えても“経営努力が足りない”と言われるだけでした。そして“(賠償金は)国民の税金ですからムダには使えない”と。そんなことはわかっているが、こんな状態にしたのはそもそも原発事故なのに」
これまでも自民党政権は〈被災者に寄り添う〉と利用しては裏切ってきた。たとえば「復興五輪」と銘打った東京オリンピックだ。
’13年、安倍晋三首相(当時)は、五輪招致を決める国際オリンピック委員会の総会で原発事故後の福島第一原発の状況を「アンダーコントロ―ル(制御下)」と演説。しかし、こぎ着けた五輪はむしろ復興の足かせになっていたという。高野理事長がこう語る。
「病院に隣接した定員40床の特別養護老人ホームがありました。原発事故の影響で計画が中断していた特養の増床を再度実施しようとしたんです。ところが東京五輪に向けた工事を優先したためでしょう……。建築資材の高騰や人手不足によって、建築費用が4億円から8億円と倍に跳ね上がってしまい、もう諦めざるを得ませんでした」
福島第一原発の事故がいまだ深い爪痕を残し、道半ばでしかない復興。しかし、岸田政権は防衛費の財源として、復興特別所得税の一部を転用する方針を固めている。
さらに’21年の総裁選で「原発の建て替えや新増設は想定していない」としていたのが、’22年8月の「GX実行会議」で原発の新増設や事故リスクが懸念される“老朽原発”の稼働も推進。いまだ苦しみが続く被災地の声は岸田首相の耳に”聞こえて”いるのだろうか。