■「私の居場所はここだったんです! 大船渡への移住に一切後悔はない」
「淳がロープを巻き上げ、ホタテが上がってきます。こうして吊るす方法を『耳吊り』と呼んでいます」
淳さんの船「権現丸」のデッキで夫婦はホタテ養殖クルーズの様子を再現してくれた。イザベルさんが運営している「恋し浜ピクニッククルーズ」は、所要時間90分、ホタテの試食も込みで料金は4千円。
イザベルさんは、ほかにもさまざまな地域復興のための活動を手掛けてきた。
まず’19年、移住して最初に行ったのが空手道場の立ち上げ。’22年5月には日本空手協会大船渡支部として正式に認可された。
’20年にはホタテの耳吊りロープのおもり代わりに、フランス産ワインを海中で貯蔵する試みを開始。今年6月には三陸駅の駅舎を借りて、観光交流施設「ニューオキライ」をオープンした。
さらに7月、“愛のパワースポット”恋し浜駅や小石浜漁港などで、婚活イベント「恋し浜♡うみコン」を初開催。
「男女10人ずつが参加してくれて、なんと7組もカップルができました。まずは大船渡に興味を持ってもらい、次に来てもらって、好きになってもらって、将来は移住してもらえたら……。私もそうしたようにね」
その直後の今年8月、福島第一原発の処理水放出を受け、中国の税関当局は日本産海産物の輸入の全面停止を発表。全国の漁業関係者が受ける経済的打撃が心配されているがーー。
「中国による輸入停止は、日本の漁業関係者にとって大きな問題です。しかし幸いなことに、私たちの『恋し浜ホタテ』は、ほとんどすべて国内で消費されています。検査も受けていますし、間違いないものをつくっているので、これまでどおり安心して食べていただけると思います」
結婚してますますアクティブになったイザベルさんを、淳さんはいま、こんなふうに思っている。
「イザは、一人でも生きていける女性だと思う。だけどそんな強さがある人でも誰かは必要で、それが俺だと思います。それに俺をよくサポートしてくれるんです」
忙しい夫婦にとって食卓を囲むことは大事だが、「料理は99%、イザの担当」と淳さん。
「いつもフランス料理を食べています……なんて、冗談ですよ。みんなに聞かれるんで、そう答えるようにしてるんです」
そんな発言からも、けっこうな亭主関白かと思いきや、地元のカフェでの取材中、そっとイザベルさんにお冷やを差し出すのは、淳さんの役割だったりする。
イザベルさんの目が甘えているので、それを指摘すると、「甘える姿を見せるのは、この人だけ!」、堂々とノロけてみせた。
これまでの人生最大の決断は? そう聞くと居住まいを正す。
「大船渡に移住したことですね。一切後悔はない。本当に、人生でいちばんいい決断でした」
それは、なぜですか?
「大都会でキャリアは積んでいたけど、それがいちばんの幸せじゃないと思っていた。 地域おこしをどこまでできるかわからないけれど、自然の中でリラックスできて食事もおいしい。心は落ち着くし、健康状態も、すごくいい」
そんな状態を母国フランスでは「ケーキの上のチェリー」と呼ぶ。
「望んでいた以上のものが、手に入るという意味の言葉です。私の居場所は、ここだったんです!」
まっすぐ見つめて話す青い目は、どこまでも透き通っていた。恋し浜の海のようにーー。
(取材・文:鈴木利宗)