「地方創生」や「デフレ脱却」を掲げ、総裁選に勝利した石破新首相(写真:共同通信) 画像を見る

「新総裁に決まったとき『皆が笑顔で暮らせる安全・安心な国に』と語った石破さんが、この日本をうまく舵取りしていけるのか、とても気がかりです。国民から笑顔が消えてしまうような政権運営にならなければよいのですが……」

 

そう語るのは同志社大学名誉教授でエコノミストの浜矩子さんだ。9月27日に投開票が行われた自民党総裁選で、高市早苗経済安全保障担当相(63)との決選投票を制し、新総裁に選出された石破茂元幹事長(67)。10月1日の臨時国会での首相指名選挙を経て、第102代の総理大臣に就任した。激戦となった総裁選について、政治部記者がこう振り返る。

 

「序盤で一歩リードした小泉進次郎元環境相(43)は看板政策の“解雇規制の見直し”が安易なクビ切りを助長すると猛反発を受けて失速。代わって保守層を中心に支持を広げた高市氏が急浮上。自らがアベノミクスの後継者であると打ち出し、一躍本命に名乗りを上げました。一方、反アベノミクスの石破氏は投開票日の2日前に、岸田内閣が進めてきた経済政策を継承することを明言。岸田前首相におもねったと思われても仕方ありませんが、そのおかげで決選投票では旧岸田派の票が石破氏に流れ込んだ。その結果、高市氏を逆転することができたのです」

 

新総裁の誕生にあたって、金融市場がさっそく大きな動きをみせた。第一生命経済研究所の首席エコノミスト・永濱利廣さんが語る。

 

「石破氏の政策集をみると“経済あっての財政”とかなりまっとうなことが書かれていますが、新総裁に選出されたとたんに市場は円高株安の方向に傾き、日経平均先物取引も夜間取引で2千円以上急落しました。株式や投資信託をはじめとする金融商品の売却益などにかかる『金融所得課税』の強化を打ち出したり、法人税・所得税に引き上げの余地があると発言したりと、“財政健全化”に重きを置く石破氏のスタンスに、マーケットが敏感に反応したのでしょう」

 

金融所得課税といえば、岸田前首相が’21年10月の就任時に課税強化を口にした際に株価が暴落。いわゆる“岸田ショック”が起こった前例がある。永濱さんが続ける。

 

「岸田政権が推進した“貯蓄から投資へ”政策のもと、NISAやiDeCoで積み立てをしている人が増えました。“石破ショック”となれば、そういった人たちが含み損を出したり、資産を目減りさせてしまうなどのリスクも出てくるでしょう。

 

また、現在の円高株安の傾向が続くと、物価の上昇が抑えられるいっぽう、同時に賃金も抑制されることが考えられます。結果的に経済成長のカギを握る個人消費の喚起も期待できなくなる可能性もあります。石破氏が軌道修正に動くかどうか注目です」

 

石破新首相は8月に発行した著書『保守政治家 わが政策、わが天命』(講談社)で、アベノミクスを10年続けた結果、《国家財政と日銀財務が悪化しました。国債と借入金、政府短期証券を合計したいわゆる〈国の借金〉は’23年12月末時点で1,286兆円にも膨れ上がり―》と記し、財政健全化のためにも消費税の議論について《タブーを恐れない》と強調しているのだ。

 

元内閣官房参与で京都大学大学院教授の藤井聡さんが語る。

 

「地方創生やデフレ脱却などのフレーズは石破氏の支持基盤である庶民には支持されるかもしれませんが、これらは選挙対策のリップサービスにすぎません。これまでの言動をみても、石破氏は政府支出の抑制や、税収の増加を意図した“緊縮財政”に強く打って出ることが予想されます」

 

さらに藤井さんはこう警鐘を鳴らす。

 

「消費増税も視野に入れていることでしょう。しかも、野党第一党である立憲民主党の新代表は、民主党政権のときに3党合意で消費税を引き上げた野田佳彦さん。この2人が一緒になって消費税15%に舵を切ってもおかしくはありません」

 

東京新聞が9月22日に自民党総裁選の候補者全員に行った、消費税増税に関するアンケートでは、ほかの候補者が「しない」と回答するなか、石破新首相だけは「党税調と議論する」と明言を避けている。消費税が10%から15%に上がったら、私たちの家計の負担はどうなってしまうのだろう。

 

総務省発表の「家計調査報告」(’24年7月・2人以上世帯)によると、消費支出は月29万931円。ここから前回の消費税引き上げ時に軽減税率の対象となった食費(酒類・外食を除く)や、教育費、医療費など課税対象外の品目を除くと、増税の影響を受ける支出は19万4千711円。5%税率が上がったとすると、家計への追加負担は月9千735円。年間では約11万7千円増という試算に……。

 

前出の永濱さんが指摘する。

 

「これまで日本経済の正常化が失敗してきた大きな要因が、景気が少し上向きになるとそれに応じて財政を引き締めたこと。まさに消費税を上げるたびに消費のトレンドが下振れして経済そのものが失速してきた歴史があります。33年ぶりの5%を超える賃上げが実現し、来年には実質賃金が安定的にプラスになりかけるなど物価と賃金の好循環の芽が出てきたタイミングで拙速な負担増を強行したら、給料がまったく上がらない“失われた30年”に逆戻りしてしまう可能性があります」

 

ほかにも新政権が私たちの生活に及ぼしかねない影響を、前出の浜さんは次のように語る。

 

「高市さんが首相になれば、あまりの保守派の考えに有権者も嫌気がさして、総選挙で政権交代という可能性がありました。ところが石破さんは野党側のお株を奪う政策を掲げているため、立憲民主党にとっても戦いづらい相手になるのでは。政権交代が起こらないままだと、自民党の弱者いじめ、格差放置といった状態はいっこうに改善しないでしょう」

 

新首相には、批判が抑えられる“ハネムーン期間”があるといわれるが、家計を守るためにも、私たちには石破政権の門出を厳しい視線でチェックする姿勢が求められそうだ――。

 

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