■「自分で気に入った本を読んでからポップを作るのは、やっぱり楽しい」
「ててたりと」では、書店員の個性に合わせて分業が行われている。その仕事の一つが、地元のコミュニティ局「FM川口」のラジオ番組への出演。毎週月曜のコーナーで、4~5人の書店員が交代でお気に入りの一冊を紹介している。
家族愛をテーマにした本を紹介するのは田代朋司さん(59)。大手百貨店でバイヤーをしていた50歳のときに脳出血を発症。体に障がいは残らなかったものの、記憶力や注意力などが低下する高次脳機能障がいに。倒れたときは、20代前半を筆頭に4人の子供がいた。
「医師から、本来ならばあなたは死んでいました、と言われました。気がついたらベッドの上。何も覚えていません。長期記憶はあるのですが、短期記憶がないんです。10年前のことはなんとなく覚えていても、今朝何食べた、昨日何食べたという記憶はパッと消えてしまう。医師からも『治らないよ』と言われました。それまでは、酒もたばこもやっていて、家庭を顧みずに、ストレスの多い仕事をしていましたからね。妻は、病気になってからの僕を見て『コロッと変わった』と笑っています。不摂生な生活をやめたし、本など一冊も読まなかった人間が、読書して人に紹介していますからね」
田代さんが最近紹介したのが、家族の形態が17年間で7回も変わった17歳の少女が主人公の『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ/文藝春秋)。《読み終えた時のすがすがしさは、きっと誰かに伝えたくなる物語だと思いました。ほっこりします。私も娘がおりますので、親目線で読んで感動しました》と紹介している。
働き盛りで生死の境をさまよい、障がいは残ったが生きている。4人の子供は田代さんがリハビリに励んでいるなか次々と独り立ちしていった。生活は妻が支えたという。田代さんがこう続ける。
「本を読むと、人間って、愛だなと思います。僕は、仕事、仕事だけで生きてきましたが、家族愛や友情を描いた本を読んで、人生にはもっと大切なものがあると思うようになりました。『ててたりと』と出合わなかったら、気づかなかったことでした。これから先、就職は難しいでしょうけれど、妻が運転する車で一緒に運送業などをやって稼げたらいいなと思っています」
田代さんのように、「ててたりと」で働くうちに個性が花開いた人も少なくない。
インパクトあるイラスト入りの手製のポップを手がける中嶋健さん(38)もその一人。発達障がいのある彼は、高校卒業後、父親をがんで亡くしたことがきっかけで精神的に落ち込み、別の就労支援施設に。そこでは、清掃や調理補助などの軽作業をこなしていたという。
「6年前からここで働くようになりました。それまで家では絵を描いていましたが、施設で絵を描いたことはありませんでした。こんなに絵を描くようになったのはここに来てからです。昔から美術系や建築系、あとは漫画が好きで大きな書店には行っていました。ここでポップを描くまでは、やりたいことやなりたい人とかなかったけど、今は、僕のポップを見て、本を買ってくれる人がいればいいなと思っています」
油性ペンを使い、大胆な色使いで本を紹介するのが中嶋さんのポップの特徴。たとえば、極寒の荒野の朽ちたバスの中で亡くなった青年の軌跡を描いた『荒野へ』(ジョン・クラカワー/集英社文庫)のポップ。背景にバスを描き《一人の恵まれた青年が、アラスカの大地にぽつんとあったバスの中で一人死んでいた。幸せであった青年に何があったのだろうか……全米ベストセラー・ノンフィクション》と文字を躍らせている。
「自分で気に入った本を読んでからポップを作るのは、やっぱり楽しいですね」
と、中嶋さんは人懐っこい笑みを見せた。
