開店4日前にまさかの焼失……亡き母と父の夢だったパン店、蘇った奇跡のアップルパイ
画像を見る 今年11月で創業5周年を迎えるお店の店頭で記念撮影(撮影:小松健一)

 

■「早う消してください!」って消防の人にひざまずいて、頼み込んでいました

 

「その日は父と妹と、それに私の娘も開業前の店にいて。バゲットを試作してました。ところが、お昼前ぐらいかな、店内に急に煙が入ってきたんです」(優里さん)

 

「全員で慌てて外に出て。それで隣の店のほうを見たら、ブワーッと煙が出てる扉から、店主のおっさんが飛び出してきた。『もう、あかん』って。そんなん言うてる間に炎が。木造やから、そこからはあっという間やった」(正悟さん)

 

オープン4日前の5月5日だった。隣店から出火した炎は、瞬く間に正悟さんの店に燃え移った。

 

「私はそのとき、自宅でプライスカード作ってました。優里から『火事や、早う来て!』と電話きて。慌てて車に飛び乗ったんですけど。店の周りは緊急車両がいっぱいで交通規制が敷かれてて、なかなか近づけんかった」(舞美さん)

 

「消防車は10台以上来ましたね。消火活動が始まったはずやのに、なかなか消えへん。みるみる店は燃えていった。僕は『お願いしますから、早う消してください!』って、消防隊の人にひざまずいて頼み込んでました」(正悟さん)

 

「正直、そこまでこぎつけるの、めっちゃたいへんで。初めてのことやし、すごい気合入れて準備してたんです。それなのに……、その店が目の前で燃えていって。声、出ましたよ、泣きながら。同時に『これ、再建なんて無理やん』って、そういう思いも頭をよぎりました」(舞美さん)

 

父と娘たちは、通りの向かいのバス停から、ただただぼうぜんとしながら、消火活動を眺めていた。

 

「そのときの気持ち?『無』ですよ」

 

と優里さん。

 

「なんも考えられへん。ほんま頭のなか真っ白。『火、ぜんぜん消えへんやん』とかブツブツ言いながら、涙が勝手にあふれて。そのうち、なんやろ、『悔しい』という気持ちがどんどん募ってきてました」

 

鎮火後、真新しかった店は、見るも無残な状態に。天井は焼け落ち「サラ(新品)でそろえたんよ」と父が自慢していたオーブンも発酵機も、ほぼすべてが黒焦げに。3千万円の借金だけが残った。

 

打ちひしがれるばかりの娘たちを尻目に、まず立ち上がったのは正悟さんだった。そのときの父のことを舞美さんはよく覚えていた。

 

「『危ないから』って止められてるのに店に入って、少しでも使えそうなものを引っ張り出そうとしてましたね。そうかと思ったら、今度は夕方になると、父は不意に近所をうろうろし始めたんです」

 

そのときの心境を当人は「このままでは終われへん、ただそれだけを考えていた」と話す。

 

「ここで止まってしまったら、ここで決算してもうたら、もう自己破産や。それはあかん。次どうしたらいいんやろ? やり方なんか皆目わからへんけど、とにかくやるしかない、前に進むしかない、そんな気持ちだけでした」

 

うろうろと歩いてみた結果、正悟さんは燃えてしまった店にほど近いところに、大通りに面した一軒の空き店舗を見つけていた。それは、夕暮れどきに小さくる、道しるべのようだった。

 

(取材・文:仲本剛)

 

【後編】開店4日前に焼失したパン店姉妹の奮闘記。亡き母と父の夢がいつしか自分たちの夢にへ続く

 

画像ページ >【写真あり】お店のNo.1商品の「幸せのアップルパイ」(他3枚)

【関連画像】

関連カテゴリー: