■自宅に若い芸者や半玉たちが住み込んで。伝統文化を若い世代に伝えていきたい
通されたご自宅客間の一方の壁全面を特注の着物箪笥が埋めている。テーブルに供された季節の水菓子とクッキー。見れば個包装のクッキーは、食べやすいように封が開けられているという心遣いも。
育子さんが、自慢の着物箪笥の前に立って語る。
「お稽古やお座敷のない日は、片付けが好きだから、家中を掃除や整理してます。だから、この?笥のどこにどの着物や帯があるかも全部頭に入ってます。
日本舞踊などお稽古は月に10日くらいで、その後、支度をしてお座敷に出ます。寝るのは、だいたい午前1時ごろ。朝は自然に5時半には目覚めてますね。
朝食をすませるころに、ちょうど近所に住む、うちの元芸者の子供が学校に行くので、その通学を見送ったり。私には子供がいないけど、その子たちが孫みたいなものです」
「仙台での小学校時代にテレビで見た舞子さんに憧れたのが、この世界に入るきっかけです。
当時は電話帳に“芸妓・置屋”というジャンルがあって、そこで育子おかあさんと出会います。22歳で赤坂に来たとき、私のような住み込みと通いで6人の弟子がいました」
赤坂会館での踊りの稽古の合間に語るのは、一番弟子で育子さんが“長女”と呼ぶ真希さん(49)。
「当時はおかあさんも50代初めで、バリバリにトップを張っていたころでしょう。毎晩、帰宅は夜の12時過ぎでも、翌日は午前中から元気で稽古してましたからね。きっと、お座敷からエネルギーをもらってるんでしょう(笑)。
裏表のない情が深い人で、稽古でもふだんの生活でも、わが子のように叱ってもらいました」
常に育子さんが、弟子の女性たちに厳しく言うことがあった。
「着物を着て一歩外に出たら、あなたたちは赤坂の看板をしょってるのだからね、恥ずかしくないよう身を処しなさい」
後日、自宅マンションを訪ねると、冒頭の踊りの稽古で育子さんから助言を受けていた小梅さん(28)が出迎えてくれた。一昨年の11月から住み込んでいる、いわばファミリーの末っ子だ。
「おかあさんからは、お座敷での作法や礼儀に加えて、日常の箸の上げ下ろしまで、人としての生き方の基本を学んでいます」
