■欧米と日本の「難民定義」に横たわる絶望的な溝
ではなぜ、日本では救われない人々が海外で難民として認められるのか。そこには、難民条約の「解釈」をめぐる欧米と日本の巨大なギャップが存在する。
「日本も欧米も、1951年の難民条約に基づいた共通の定義を用いています。しかし、日本の出入国在留管理庁や司法の実務者は、『国家権力による直接的な政治的迫害』という極めて狭い解釈に固執し続けてきました。
これに対し、欧米諸国では『非国家主体(家族や社会など)による害悪』であっても、母国政府がそれを防ぐ意思や能力を欠いている場合、難民として保護対象にする解釈が定着。DVや性的指向による差別も『特定の社会的集団』に対する迫害として正当に認定されるのです。
同じ条約の条文を使っているにもかかわらず、日本の解釈はあまりにかけ離れている。これでは同じ条約を守っているとは言えません」
さらに深刻なのは、行政の過ちを正すべき司法の不全だ。児玉弁護士によれば、日本の裁判官は国際基準の知識や人権意識を深める機会が乏しく、行政(入管)の判断を追認するだけの「追認機関」と化しているケースが多いという。
「海外の文献や判例を提示しても、裁判官の“島国根性”とも言える意識が壁となり、国際人権基準が無視されてしまう。司法が社会の意識改革から10年、20年遅れているのが日本の現実です」
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