「死に顔も見せていただきましたが、実感がわきませんでした。友達のなかには『こんなに早く、なんでや』と言って怒る方もいて。本当に最後の最後まで人をびっくりさせるやつやなって、思いました」

そう語るのは、大平サブロー(56)。くしくも今年芸能生活36(サブロー)周年の彼のもとに訃報は届いた。2月9日、元相方の大平シローさんが難治性心室細動のためこの世を去ったのだ。享年55だった。悲しみのなか、サブローはシローさんとの波乱万丈な36年を本誌に明かしてくれた。

「いっさい稽古はしなかったため、ネタでウケるのは10本中2本ほど。でも、その2本がホームランだった。漫才の出来は、相方シローさんが面白いか面白くないかで決まってしまう。乗ったときは、もう誰も手がつけられへんのですよ。50分ぐらいやり続けますからね」

漫才ブームに乗り、一躍スターダムにのし上がった大平サブロー・シローは、’88年4月に吉本から独立。当初は順風満帆にいくかと思われたが、半年もしないうちにレギュラー番組はなくなり、シローさんとマネージャーが対立したのをきっかけに、’92年コンビは解散。その後、別々の道を歩んだ2人。だが、交流がなかったわけではなかった。

「4年前にはミナミの小料理店に行って2人だけでいろいろと話したんです。そのとき、シローさんから『ないと思うけど、もしサブロー・シローをもう1回やろうという話があったとしたら、そんな気、起こる?』と言われたんです」

一瞬考えたサブローだったが、『それは、ないな……』と答えたという。

「僕は『一から漫才なんて、もうよう創らんわ。そんな気持ちあるん?』と聞いたんです。シローさんも『いやあ、どうやろ……』と言っていました。それが最後でした」

プライドが高かったシローさん。自分からもう一度コンビを組んでくれとは決して頼まないままの他界だった。

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