「おかあさんにとって、プロとはなんですか?」とメジャーリーガー、天下のイチローがこう聞いたのは、東京・渋谷「のんべい横丁」にある焼き鳥屋『鳥重』の店主・東山とし子さん(71)だ。彼女はやわらかい笑みでこう答えたという。

「プロとは、人さまのまねできないことを、しっかり成し遂げることです。それが、食いもの屋でも、芸能人でも、スポーツ選手でも、です」

イチロー夫妻にとんねるず、唐沢寿明夫妻や秋元康……わずか2坪ほどしかないこのお店には、多くの有名人たちが通い舌鼓を打ってきた。そんな隠れ名店『鳥重』は、とし子さんの「体力の限界」を理由に、12月29日、惜しまれつつ閉店する。

とし子さんの父が店を構えたのは、1951年。彼女は10歳のときに手伝いを始めた。一人で営業するようになってからは、もう26年がたつ。ずっと同じメニューで、ふつうのお店の3倍はある大きな串焼きが名物。レバーならば外側はカリッ、中はやわらかでジューシーなレア状態。胸肉と軟骨のあ粗挽きのつくねは、塩かタレで好みが別れ、秋元康は塩派の一人という。

誰であろうと数カ月前に予約しないと食べられないほどの人気ぶりで「1日3回転、各2時間」の入れ替え制。遅刻することなく10席しかないカウンター席に座り、ビールも飲まずに焼きあがるのをじっと待つのが、この店のしきたりだ。

石橋貴明も、桃井かおりを連れて「いまからダメかな」と予約なしで入ろうとしたことがある。だが、もちろん答えは「ダメに決まってんでしょ」だった。2年ほど前、常連の年配の男性に連れられ大河ドラマの主演女優にそっくりな方が来店。「失礼ですけど、あなた、宮崎あおいに似てるって言われません?」と尋ねたところ「私、本人です」と言われ、大爆笑したこともあったという。

もちろん閉店するまでの全日は、予約で埋まっている。変わらぬ味を提供し続け、多くの人の悩みも聞いてきたとし子さん。ここまで続けてこられた秘訣について、最後にこう語る。

「お勘定を払う身になって商売すれば、どんな不況も怖くないんですよ」

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