12月5日午前2時33分、中村勘三郎さん(本名・波野哲明=享年57)が急性呼吸窮迫症候群のため、都内の病院で逝去した。妻・好江さん(53)や、京都から駆けつけた長男・勘九郎(31)、二男・七之助(29)らに看取られての最期だった。

誰よりも人を楽しませることを考え、そして誰からも愛された勘三郎さん。実は、がん手術のための入院する前日の今年7月24日、彼は本誌の記者の取材に対して、次のように打ち明けていた。

「僕は去年1年(難聴を患っていたために)休んでいたでしょ?だから毎年必ず行っていた定期健診に、去年は行けなかったの。去年のうちにがんが見つかっていれば、内視鏡で取れたって聞いたんだけど、これも運命だからね……」

がんの公表以来、全国から励ましの手紙やメールが次々と届いているとも語った。

「友達の笹野(高史)さんがツイッターで呼びかけてくれたんです。1千500人くらいの人が千羽鶴にメッセージを書いてくれて、それを有志の人たちが折ってくれたの。涙が出ちゃうよね」

うれしそうに、2束の千羽鶴を記者に見せてくれた。しかし、その3日後に手術を受けた勘三郎さんが、元気に自宅に戻ることは二度となかった。本誌が直撃した日は、勘三郎さんのメディア取材“最後の日”となってしまった――。

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